Z世代はなぜ恋愛から「タイパ」を捨てたのか?

恋愛の「タイパ」(タイムパフォーマンス)を追求した時代は終わりを告げた。効率を最優先し、いかに早く、いかに手軽に関係性を成立させるかに注力した恋の形は、現代の若いシングルたちにとって、もはや持続可能ではない。なぜなら、その曖昧な駆け引きの先に残るのは、疲弊した心と、自己肯定感の揺らぎだからだ。

今、世界の恋愛市場を牽引するZ世代が求めているのは、「タイカン」(体感・共感)を核とした、安心感と「自分らしさ」が最優先されるストレスフリーな関係性である。

この新たな潮流を象徴するのが、世界最大のデーティングアプリTinderが発表した『Year In Swipe™ 2025』。同レポートは、2025年を「つながる楽しさ」を再確認し、恋愛の混乱をリセットした「静かな転換期」と定義し、26年の恋愛キーワードが「明確さ・自信・はっきりした価値観」へとシフトしたことを示している。

曖昧な駆け引きを排除する
「クリア・コーディング」の徹底

従来の恋愛における「駆け引き」は、相手の気持ちを推し量るという感情労働であり、多大なストレスと時間の消費を伴う。しかし、Z世代はこれを潔く排除し、最初から意図や本心を明確に伝える「Clear-Coding(クリア・コーディング)」を新たなデーティングの規範にしている。

Tinderの調査では、若いシングルの64%が「デートには感情面での誠実さがもっとも必要」と回答しており、さらに60%が「自分の意図をより明確に伝える必要がある」と感じている。これは、不確実性や曖昧さから生じる不必要なストレスを極限まで減らし、精神的な安心感を最優先する世代の姿勢を明確に示している。

また、自己の確立も重要なテーマ。「Hot-Take Dating(ホットテイク・デーティング)」と呼ばれるトレンドは、「自分の考えや価値観を持っていること」こそが魅力になるという考え方。シングルの37%が「価値観の一致はデーティングに不可欠」と回答し、人種間の公平性(37%)やLGBTQ+の権利(32%)といった社会的な価値観が、恋愛の決定要因として重要視されている。

もっとも興味深いのは、最大の「嫌悪ポイント」(The biggest 'ick')が「スタッフに失礼な態度を取ること」(54%)だった点。これは、自己の信念や社会的な正義感を明確に持ち、それを日々の行動で実践する「誠実さ」が、外見や条件よりも魅力的であるという価値観のシフトを物語る。

Z世代はAIと友人を
“感情労働の外部委託先”にする

Z世代がストレスフリーな恋愛を追求する上で、感情労働を外部に委託するという合理的なアプローチが見られる。その主な委託先が、親しい友人とAI(人工知能)である。

まず、「Friendfluence(フレンドフルエンス)」とは、親しい友人の意見や感覚を参考に、恋の判断をすることを指す。42%が「友人が自分の恋愛に影響を与えている」と回答し、37%が「来年はグループまたはダブルデートに参加したい」と考えている。TinderのDouble Date機能が30歳未満のユーザーで特に人気があることは、この傾向を裏付けている。友人は、主観的になりがちな恋愛判断において、客観的かつ信頼できる「外部ブレイン」として機能している証拠だろう。

この傾向は、恋愛・婚活サービスにも波及している。婚活の「マッチング代行」サービス利用者の70%以上が「自分では選ばないタイプ」と交際に発展しているという調査結果は、「フレンドフルエンス」の拡張版と言えるだろう。自分のフィルターを超えた他者の知見を積極的に活用し、「効率的な関係性の明確化」を目指す姿勢が読み取れる。

次に、AIの活用である。シングルの76%が「デーティングでAIを使いたい」と回答しており、もっとも人気がある用途は「デートのアイデア提案」だ。AIは、デートプランの立案というクリエイティブな「感情労働」を担い、ユーザーが本来の目的である「関係性の構築」に集中できるように支援する。

ただし、AIへの期待と現実はまだ乖離している。米国の18~40歳を対象とした調査では、AI機能が「経験を向上させる」と答えた割合はわずか51%にとどまっており、AI利用への関心は高いものの、実際の体験向上には懐疑的な層も一定数存在する(note 25年7月25日付)。AIのポテンシャルを認めつつも、その限界も見極める冷静な視点が、Z世代にはあると言えるだろう。

不安とストレスを避けた
「ロウキー・ラバー」という理想郷

最終的にZ世代が求めているのは、恋愛におけるドラマや波風ではなく、安定と安心である。

Emotional Vibe Coding(エモーショナル・バイブ・コーディング)」は、感情的にオープンであること、すなわち自分の感情を開いて見せることが魅力になるという考え方だ。56%が「誠実な会話がもっとも大切」と回答しているように、内面的な感情の共鳴こそが、関係性を構築する土台となる。26年のデーティングを象徴する言葉としてもっとも多く挙げられたのが「Hopeful(希望に満ち溢れている)」であることは、彼らが前向きな未来を求めていることの証左だ。

そして、恋愛観を象徴する絵文字にも、その平穏への希求が現れている。👄(フラートマーク)が遊び心や自信のサインとして使われるいっぽうで、🕯(平穏を象徴するキャンドル)は、ドラマチックな展開よりも平穏や心地よさを好む傾向を象徴している。

この結果、35%のシングルが「ロウキー・ラバー」を求めているという。これは「落ち着いていて、穏やかで、刺激よりも安心感を大事にするタイプ」を指す。日常の延長線上にある、気負いのない関係性である。

これは、恋愛・婚活のトレンド予測において、かつては一般的であった「職場恋愛」がZ世代にはむしろ「目新しい」と評価され、注目されていることにも関連づけられる。日常的なコミュニティの中で、素の自分を見せ合える安心感こそが、彼らが追い求める「ロウキー・ラバー」という理想郷なのだろう。

Z世代の恋愛観は、単なる効率化の追求から、自己の価値観と感情的な安心感を最優先する「タイカン(共感)」へと進化している。AIや友人を活用して不確実性を排除し、曖昧な感情労働から解放された彼らは、自分らしくいられる持続可能で「ストレスフリーな関係性」という、新時代の恋の形を築き上げようとしている。

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