「人手不足なのに賃金が上がらない」米ホスピタリティ業界の矛盾

米国のレストラン・ホスピタリティ業界向け求人プラットフォーム「OysterLink」が発表した最新の分析レポートが、業界の構造的な矛盾を浮き彫りにしています。採用は過去4年で最も活発なのに、働く人の実質賃金はむしろ目減りしている──。この「ねじれ」は、日本の外食・宿泊業界にとっても他人事ではないかもしれません。

賃金上昇率がインフレに逆転負け

OysterLinkが米国労働統計局(U.S. Bureau of Labor Statistics)のデータを独自に分析したところ、宿泊・飲食サービス分野の報酬成長率は、2026年3月までの12か月間で前年同期比**2.4%にとどまりました。前年同期(2025年3月まで)の3.9%**と比べると、1.5ポイントもの急落です。

この数字だけを見れば「それでも賃金は上がっている」と思えるかもしれません。しかし問題は、同時期のインフレ率が**3.3%**で推移していること。名目上は給与が増えていても、物価上昇のスピードに追いつけず、実質的な購買力はむしろ低下しているのです。

2025年3月の時点では、報酬成長率がインフレ率を上回っていたため、ホスピタリティ業界の労働者は「働けば生活が少しずつ楽になる」実感を持てていたはずです。ところが、2025年末までに成長率は3.9%から2.6%へ、そして2026年3月にはさらに2.4%へと段階的に低下。丸1年にわたる一貫した減速トレンドが確認されており、一時的な揺り戻しではなく構造的な変化と見るべきでしょう。

求人は急増、でも報酬は据え置き

興味深いのは、この賃金の伸び悩みが「不景気による採用縮小」とセットで起きているわけではない点です。むしろ逆で、レジャー・ホスピタリティ部門は2026年3月に44,000人の雇用を新たに創出しました。これは過去4年間で最大の月間増加幅にあたります。

OysterLink自身のプラットフォームデータも、この傾向を裏付けています。2026年第1四半期には米国707都市で166,770件もの求人が掲載され、そのうち約76.6%にあたる127,716件がエントリーレベル(初級職)の求人だったとのこと。業界は明らかに人を求めているのです。

それなのに、なぜ賃金は上がらないのか。OysterLinkのゼネラルマネージャーであるMilos Eric氏は「ホスピタリティ業界は依然として積極的に採用を行っているが、それに見合う賃金上昇は伴っていない。これが現在のデータに表れている核心的な緊張関係だ」とコメントしています。

「人手不足=賃上げ」は幻想なのか

経済学の教科書的には、労働力の需要が高まれば賃金も上昇するはずです。しかし、今回のデータはその常識に疑問を投げかけています。

背景として考えられるのは、ホスピタリティ業界特有の構造です。求人の大半がエントリーレベルであることからもわかるように、この業界では比較的スキルの参入障壁が低い職種が多く、労働者の代替可能性が高い傾向にあります。つまり、「人手が足りない」と言いながらも、個々の労働者に対する交渉力は企業側が握りやすい構図が存在するのではないでしょうか。

また、コロナ禍以降、飲食・宿泊業界では一時的に大幅な賃上げが行われた経緯があります。その反動として、企業側が「これ以上の賃上げは利益を圧迫する」と判断し、採用数は増やしても一人あたりの報酬は抑制する方向に舵を切った可能性も考えられます。

日本にとっての示唆

この現象は、大西洋の向こう側だけの話ではありません。日本でも外食・宿泊業界の人手不足は深刻で、求人倍率は他業種を大きく上回っています。一方で、賃上げの動きは大企業を中心に進んでいるものの、中小規模の飲食店や宿泊施設では「上げたくても上げられない」という声が根強く聞かれます。

「求人を出せば人は来る。でも、その人たちの生活は本当に良くなっているのか」──OysterLinkのデータが突きつけるこの問いは、雇用の「量」だけでなく「質」に目を向けることの重要性を改めて教えてくれます。採用数の回復を手放しで喜ぶのではなく、働く人の実質的な暮らしがどう変化しているかまで見つめる視点が、これからの業界には求められるのではないでしょうか。

Top image: © iStock.com / Thomas Faull
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