前輪一本、後ろ向き。白馬のジャンプ台で生まれた世界記録

レッドブル・ジャパンが2026年7月21日に発表したニュースに、思わず二度見しました。1998年長野オリンピックで使われた白馬ジャンプ競技場を、自転車の前輪一本だけで、しかも後ろ向きに駆け下りた人がいる——プロトライアルライダーの西窪友海さんです。

あの白馬のジャンプ台といえば、日本中が沸いたスキージャンプ団体金メダルの舞台。雪が積もった冬の記憶と強く結びついた場所で、雪のない季節に自転車トリックの世界記録が生まれたというのだから、頭の中の「あの場所」のイメージがぐらりと揺れます。

前輪一本で斜度37.5度を136m

白馬ジャンプ競技場のラージヒルとノーマルヒルの全景。緑色の人工芝が敷かれた夏仕様の斜面を、西窪友海さんが前輪一本で駆け下りる連続写真が合成で示されている
©Jason Halayko / Red Bull Content Pool

西窪さんが成功させたのは「フェイキーノーズマニュアル」と呼ばれるトリック。後ろ向きに進みながら、前輪一本だけで地面に接地し、後輪を浮かせたままバランスを保ち続ける技です。通常の平地でも数メートル維持できれば世界トップレベルとされるこの技を、最大斜度37.5度の急斜面で136.6メートルにわたって走り切りました

数字を並べるほどに、その異常さが際立ちます。最高時速59km、走行時間は約35秒。身体を支えているのは前輪一本だけで、速度を制御するブレーキは摩擦熱で約150℃まで上昇したといいます。わずかに重心がずれれば即転倒。想像するだけで手のひらに汗がにじむような極限状態です。

この挑戦で樹立されたギネス世界記録は2つ。「最大の勾配で行った自転車フェイキーノーズマニュアル」(37.5度、2025年6月5日達成)と、「自転車フェイキーノーズマニュアルでスキージャンプ台を走行した最長距離」(136.6m、2026年5月27日達成)。いずれも世界初の記録です。

「とにかく楽しもう」通算50回目の成功

白馬ジャンプ競技場の頂上に立ち、眼下に広がるランディングバーンと白馬の街並みを見下ろしながら飲み物を飲む西窪友海さん
©Jason Halayko / Red Bull Content Pool

きっかけは、スキージャンプの小林陵侑選手が世界最長ジャンプに挑む映像だったそうです。「自分の得意なトリックを、誰も想像しない場所でやりたい」。その思いから2024年に構想を始め、同じ37.5度の練習用スロープを自作。ブレーキやタイヤのセッティングを何度も見直しながら、約2年間の準備を重ねました。

2025年には35回挑戦して、一度も成功しなかった。2026年に入ってからも失敗が続き、成功したのは通算およそ50回目の挑戦でした。

印象的なのは、西窪さんが成功の瞬間を振り返ったコメントです。「世界初の挑戦だったので、何が正解なのか誰にも分かりませんでした」。そして最後に成功につながった心境として、「この場所で自転車に乗れるのは今しかない。とにかく楽しもう」と、自転車を始めた頃の気持ちに戻れたことを挙げています。

雪のないジャンプ台が証明したこと

技術を極限まで磨き上げた先に待っていたのが、「楽しもう」という原点回帰だった——この構造に、スポーツの枠を超えた説得力を感じます。

正解が存在しない課題に向き合い続ける場面は、仕事でも創作でも日常のあちこちにあるはずです。2年間・50回の試行錯誤を経て、最後の最後に背中を押したのが「楽しむ」という初期衝動だったという話は、どこか自分自身の行き詰まりにも響くものがあるのではないでしょうか。

冬季五輪の聖地が、雪のない季節に自転車一台で「人間の身体能力と創造性を試す装置」に変わった。場所の意味は、使う人の想像力でいくらでも書き換えられる。白馬のジャンプ台は、そのことを静かに証明しているように思えます。

Top image: © Jason Halayko / Red Bull Content Pool
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