家電を進化させたのは「主婦の声」だった。武蔵野大学の研究で判明
日本の家電が世界を席巻した時代。その立役者として語られるのは、たいてい大企業の開発室にいた技術者たちです。けれど、本当にそうだったのでしょうか。武蔵野大学の平野貴士准教授らの研究が、その「当たり前」をひっくり返しました。
「受け身の消費者」という思い込みを
資料が覆す

平野准教授が筆頭著者を務めた論文が、ハーバード・ビジネス・スクールが発行する経営史の国際学術誌「Business History Review」の年間最優秀論文賞を受賞しました。
同誌は1926年創刊の老舗で、前年に掲載された全論文の中から編集諮問委員会の投票で最も優れた1本だけに贈られる賞です。
論文のタイトルを日本語にすると「主婦と日本の家電産業の発展、1950〜1990年」。共著者は一橋大学・東北大学の酒井健准教授と、大阪大学のピエール=イヴ・ドンゼ教授です。
研究チームが注目したのは、生活雑誌「暮しの手帖」をはじめとする女性向け雑誌、企業の社内資料、関係者への聞き取りといった多様な一次資料でした。
そこから浮かび上がったのは、家庭で家電を使っていた主婦たちが改善点を雑誌に投稿し、その声が雑誌を通じてメーカーに届き、実際に設計が変わっていたという回路です。
「ダイヤルが見えない」から
翌年の設計が変わった
とりわけ印象的なのが洗濯機の事例です。
「暮しの手帖」の商品テストは、立ったままではダイヤルが見えにくいと指摘しました。同誌は284名の主婦から使用報告を集め、生活者の視点を丹念にまとめて企業へ伝えています。
メーカーはその声を受け、翌年には立ったままダイヤルが見える設計へと変更しました。
ダイヤルの位置という、一見すると些細な改善。でも、それは毎日洗濯機の前に立つ人にしか気づけない不便でした。技術者が設計し、消費者がただ受け入れるという一方通行ではなく、使う人の声が雑誌という媒介を経て設計図を書き換えていた。
この発見が世界の経営史研究者に高く評価された理由は、そこにあるのではないでしょうか。
「小さな声」が
歴史の見え方を変える
平野准教授は「歴史は、重要だと認められた人々だけでつくられるものではありません。物語の外側に置かれた小さな声を拾い直せば、歴史の見え方は変わります」と語っています。
研究の着想は、武蔵野大学の図書館に所蔵されていた「暮しの手帖」のバックナンバーとの出会いだったそうです。
今、目の前にある洗濯機や冷蔵庫の使いやすさ。そこには、名前が歴史に残ることのなかった誰かの「ここが不便」という声が、設計のどこかに埋め込まれているのかもしれません。
イノベーションの主語は、いつも開発室にいるとは限らない。そんなことを、この研究は静かに教えてくれます。






