僕は世界を変えられない。それでも「風潮」は、世界を変えてくれる−紀里谷和明
紀里谷 和明/Kazuaki Kiriya
映画監督・演出家・写真家
1968年熊本県生まれ。
83年15歳で渡米、マサチューセッツ州ケンブリッジ高校卒業後、パーソンズ大学にて環境デザインを学ぶ。94年写真家としてニューヨークを拠点に活動を開始。
数々のアーティストのジャケット撮影やミュージックビデオ、CMの制作を手がける。
2004年映画「CASSHERN」で監督デビュー。09年映画「GOEMON」を発表。
著書に小説『トラとカラスと絢子の夢』(幻冬舎)がある。現在、次回作「The Last Knights(仮)」を制作中。2014年4月よりメルマガ「PASSENGER」発行。
現在、クラウドファンディングサイトMakuake(マクアケ)にて、毛皮への意識を変える映像プロジェクトを実施中。 - 詳しくは、Makuakeのプロジェクトページにて -
All photo by Kazuaki Kiriya for PASSENGER
001.
持ち物は、服3着に、靴2足。他はいらない
紀里谷さんは、信じられないくらい全ての持ち物が少ないことで有名ですよね。 持ち物はいらないですか?
服は、スーツが2着とタキシード1着、それと今着ているこのトップスとボトム。靴も2足。あと、Tシャツ数枚に、下着1週間分。物が少なくて困ったことはありません。今ではこんな生活ですが、10年以上前は、日帰りでロンドンの高級テーラー(仕立て屋)が軒を連ねるサヴィル・ロウまでスーツを買いに行くほどだったんですけどね(笑)。
きっかけは、iTunesの出現でした。CDの音源をパソコンに取り込めるようになって、1枚取り込んだら、また1枚……と、気がついたら全部やっちゃって。部屋を見渡すと、プラスチックの山。「これ、いらないよな」。
当時はCDを捨てるなんてとんでもないことで、「なんてことするんだよ!」とみんなから散々言われましたね(笑)。それで次に、書類もスキャンし始めて、服も捨て始めちゃって… 最初は「いるかな? いらないかな?」と迷うんですが、一度捨て始めると「これもいらない」「あれもいらない」と、本当に止まらなくって! 昨日も研究していましたからね、「どうしたら荷物をもっと減らせるのか?」「どれだけデジタル化した方がいいのか?」って(笑)。
僕は、職業にもこだわりがないんです。キャリアはカメラマンから始まったんですが、もともとカメラマンになりたかったわけでもなくて。そもそも職業とか肩書きをあまり信じていないんです。
002.
中学生で渡米。「戻る場所なんてない」
そんな紀里谷さんは、小学生の頃からビジネスマンになりたくて、中学2年生にしてアメリカに渡ったんですよね?
はい、小学校を卒業したらビジネスを学びに、アメリカへ行きたかったくらいでした。あの当時、「世の中の大人は、みんな商売人」「海外といったらアメリカ」と思っていて。
でもビジネスマンになりたいと思ったのも、結果、アメリカの高校に行ったのも、まだ世の中のことや社会を全く知らなかったから。当たり前ですよね、人口2000人ほどの小さな町で生まれ育った10歳の僕でしたから。
「先生が言ったことは、何で正しいの?」「なぜ従わないといけないの?」と、常に疑問を持つ子供でした。こうしなければいけない、という概念が全くなかったんです。きっと、父親の教育の影響。「何をやってもいいけど、全て自己責任」と、一人前の大人として育てられたんですよ。
お子様ランチを注文するなんてあり得なかったし、お小遣いもくれませんでした。小学校に行く前に、よく父親が経営するパチンコ屋でモップがけをしましたね。こんな環境で育ったので、「日本人だから」「日本で育たなければならない」なんて意識はなかったんです。
でも、当時は、1ドル240円。海外旅行さえも真新しいような時代。しかも、義務教育を放棄してアメリカに行くわけですから、父親には「行きたいと言うなら行ってもいい。でも、お前の帰ってくる場所なんてないと思っておけ」と言われ、15歳の僕なりにとてつもない覚悟がありました。もう、留学というより移住という感覚でしたね。
003.
アメリカで受けた、挫折と衝撃。そして、アートの世界へ
すごいですね。そんな小学生、聞いたことがありません(笑)。
アートに進路を変えた経緯を含めて、アメリカでのお話を伺わせてください。
英語がわからないので、数学の問題が解けない。周囲とコミュニケーションも取れない。人生初の挫折でした。そんな時、一日中ミュージックビデオが流れるMTVやロックの文化などに触れて、衝撃を受けました。当時の日本に、そんなものは考えられなかったですから。音楽以外にも新しいものがどんどん生まれた時代。
「これだ!」とそっちに引き込まれて、ビジネスの“ビ”の字も頭になかったですね(笑)。それで、当初通っていた公立の学校から、アートで有名なケンブリッジ高校へ転校。とにかく“NO”がない教育だったので、僕の発想力はさらに解放されました。その後、大学に進学したんですが、学ぶことがどれも高校で習ったことばかりで、ある日突然大学に行くのをやめちゃいました。
大学を2年で中退してからは、ずっとフラフラ。よく世界を旅しましたね。でもその後は、ニューヨークでいかがわしいビジネスをしたり、友人の家で居候しながら酒に溺れる毎日。その最中、当時は超高価だったコンピューターを買って、Photoshopに出会い、「これなら勝負できる!」と直感してカメラを始めました。
それでプロカメラマンになり、PVを制作するようになって、今の映画監督に至ります。
004.
野良犬が殺される社会を、あなたはどう思いますか?
振り返ってみて、アメリカでの教育はどうでしたか?
「自由にしていい」と育てられた反面、「“何か”になれ」「“勝ち組”になれ」「“成功”しなければならない」と植え付けられる教育を受けました。アメリカは、日本以上の学歴社会。親や先生の言う通りに勉強して、いい大学に行って、いい会社に入って、いい家を買って……というご存知の“アレ”が始まる。相対論や比較論。終わりのない武装の旅・・・
例えば、日本やアメリカなどの先進国では、野良犬がいたら保健所の人に捕まえられ、殺されます。それって、よく考えてみたらすごく残酷なこと。犬は、本来の「犬」であってはならない。「お座り」「お手」「待て」に従う、首輪でつながれた“犬”でなければいけないんです。ゾッとしませんか?
それが今、人間にも行われています。何かの権威や肩書きに寄り添っていないと存在が許されない。誰もが衝動として、そこから出たいと思っているのに、抜け出せない。でも本当は、人間はオギャーと完璧な姿で生まれてきたはず。僕らは長い年月をかけて身につけてきた鎧を脱ぎ捨て、本来の姿へ戻っていくべきじゃないかと思うんです。
僕はもう、どんないい飯を食おうが、いい服を着ようが、いい女とセックスしようが、自分を満たすことができない。「外」ではなく、「内」へ入っていくしかないんです。
005.
現実と幻想、中心と周辺、搾取と貧困。
この世界は、狂っている
大きな視野での世界の社会問題について、どう思いますか?
僕は、「明日、核戦争が起きたらどうしよう」とヒヤヒヤしながら冷戦中のアメリカで暮らしていました。そんな中、ベルリンの壁が崩壊し、冷戦が終結。1993年イスラエルのラビン首相とパレスチナのアラファトPLO議長が、オスロ合意を受け、ホワイトハウス前で握手する瞬間も、僕はこの目で見ました。
「本当に平和が訪れるんだ!」「いけんじゃん、俺たち!」。その2年後、タクシーのラジオから流れてきたのは、ラビン首相暗殺のニュース。その場で泣き崩れました。それから、ありとあらゆる内戦が勃発し、泥沼化。そして、2001年の9・11と続くわけです。
世界中の問題の大半は、苦しむ必要のない無意味な“闘い”。コンゴ、ルワンダ、ソマリア、インドとパキスタン、中国とチベット、東ティモール……挙げたら切りがありません。そこで行われるのは、虐殺に拷問、強姦、陵辱。これらは、戦争や紛争という安易な言葉で片付けられるようなものじゃない。
しかも、僕ら自身がこれらの問題に加担していることに気づいていない。 先進国の人々が内面の不満を物理的なものによって解消しようとするがゆえ、搾取が起こる。搾取のために地球の裏側の人間が、物理的にズタズタにされていく。そして、先進国の人々は搾取を助長し続けるので、この悪のサイクルは延々と繰り返される。しかも、これで先進国の人々が幸せになれるならまだしも、不安やコンプレックスは消えないどころか、どんどん増大していく。
この世界は、狂っている。
誰も幸せになれないんですから。
006.
僕は、世界を変えられない。しかし「風潮」は世界を変えていく
この壮大な問題に、どのように向き合えばいいんでしょうか?
一切関わらないことはできないかもしれないけど、“関与しない”ことを行使することはできます。先進国の一人ひとりが問題に気づき、無意味な苦しみから抜け出せれば、僕らはハッピーになれる。そしたら、搾取は起きなくなり、地球の裏側の人もハッピーです。世界の流れを逆回転させると、素敵な世の中が待っているんじゃないでしょうか?
現在、「毛皮への意識を変える映像」プロジェクトをクラウドファンディングで行っています。僕らの活動は本当に微々たるものかもしれませんし、これで世界を変えられるなんて思っていません。「こういうことができる」「みなさんも参加できる」ことを伝えて、一人でも多くの人の何らかのきっかけになれば嬉しいです。次は、違う人が監督をやってもいいし、自分たちで新しくプロジェクトをやってもいい。音楽でも、映画でも、ビジネスでも、なんだっていいんです。
「風潮」ってすごく大切だと思います。エコをしましょう、リサイクルしましょう、といくら言っても何も変わらない。法律は書き換えられちゃうし、システムも覆されてしまう。でも、風潮ってそうじゃないし、誰かの持ち物でもない。著作権もなければ、特許もない。
例えば、僕がTABI LABOでインタビューを受けて、他の人が同じようなことを言うと、なんとなくそれが風潮になっていくんですよね。それを誰かが聞いたり感じて、「あ、これって…」となった時、何かが起きる。
僕は、社会的に作られた“自分”ではなく、本来の人間としての自分に正直になりたいです。そして、風潮を作っていきたい。きっと思っているほど難しいことじゃないし、複雑なことじゃないと思うんですよね。世界を変えるのって。
All photo by Kazuaki Kiriya for PASSENGER
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