世界初「顔の好み」を人為的に変える技術
この技術によって精神疾患や認知障がいの新しい治療法が見つかるかもしれない。9月9日に、株式会社国際電気通信基礎技術研究所(ATR)が発表したリリースの一文にはこう書かれています。
高次の脳領域(帯状皮質)にDecNefを適用し、重要な社会認知機能である顔の好みを、好き・嫌い両方向に変化させることに世界で初めて成功した。
「DecNef」という技術がポイント。
脳の活動が見える
ATRに問い合わせたところ、ここで使われている「デコーディッド・ニューロフィードバック(DecNef)」は、被験者の脳の活動に関する情報を、被験者自身に見せてあげられる技術のこと。
自分の脳で何が起こっているのかが見えるので、より直感的にフィードバックが得られるということなのでしょう。これを利用して学習を重ねることで、被験者は自分で自分の脳の反応を変化させられるようになった、というのが今回の実験の結果です。
これは「初めは難易度の高い運動でも、繰り返し練習して、徐々にできるようになっていく感覚」に近いそうで、それが様々な治療に繋がる可能性あり。
どんな実験が行われたかを見てみると、まるでゲームのようで驚きます。
「好き・嫌い」は変えられる
まず、被験者は400枚の顔写真を閲覧し、それぞれ「好き・嫌い」のレベルを1~10に分け、指標となる数値を作りました。
一部説明は省略しますが、この数値と脳の帯状皮質という部位の反応をもとにして、写真を見たときに、脳が「好き・嫌い」どちらの状態にあるかを判断する人工知能システムをつくります。
緑の丸を大きくする実験
DecNefの訓練が始まると、被験者は再度顔写真を閲覧。この写真には、彼らにとって好きでも嫌いでもない、中程度の好みの顔が選ばれました。
被験者にはこう指示が。
顔写真が提示されたら、どのような方法でもよいので自分の脳活動を変化させて、画面に表示される緑の丸を大きくしてください。
最後に、被験者はもう一度写真評価を行い、好み変化の度合いを計測。結果、訓練中に閲覧していた顔に対して感じる「好き・嫌い」の度合いは、指定した方へと変化しました。顔の評価がより好きになり、より嫌いにもなったのです。
精神疾患治療に応用できるが
“洗脳”とみなされるリスクも
これまで精神疾患の治療には、薬物や認知行動療法が用いられてきました。しかし、それでは脳の変化が広範囲に及んでしまい、効果をうまくコントロールするのが難しかったそう。
今回の実験では、帯状皮質のみに限定した変化が見られたことや、見る・聞くと言った単純な機能に関わる低次脳領域だけでなく、意欲や注意といった複雑な機能に関わる高次脳領域に適用できることがわかりました。
また、「好き・嫌い」の両方向に誘導できたことから、一度起こした変化を戻せるという安全性を示しているとも。ちなみに、理論上は好きなものを嫌いに、嫌いなものを好きにさせることもできると言われています。
テストに参加した本人が誘導の内容(例:より好きになる/より嫌いになる)に気づけないため、一歩間違えれば洗脳とみなされるかもしれないという懸念もあります。
が、精神疾患や認知障がいの一部は、脳内に広がったネットワークの混線によって発生しているとも考えられており、この手法によって改善できる可能性アリ。
今後は、患者群と健常者群で脳のどの領域が異なっているかを調査する予定。うまくいけば、脳内の活動パターンを健常者に近づけるような治療法が発見できるかもしれません。