部屋を覆いつくすほどの「海洋ゴミ」と毎日向き合ったデザイナーがいる
ヨーガン レールの名前を知っている人がどのくらいいるでしょう。衣・食・住すべてにおいて、心安らぐ手仕事のモノの価値にこだわり、今日のライフスタイルショップのさきがけとなるコンセプトをつくりあげたとも言える人物です。
1970年代からの40余年を日本で暮らしたレールが、晩年のライフワークとして取り組んでいた仕事があります。それが、浜辺に漂着する大量のプラスチックゴミを使ってランプを制作することでした。
環境を破壊するゴミを使って
もう一度、人の役に立つものづくり
ポーランド生まれのドイツ人。1960年代、パリ、ニューヨークを中心にテキスタイルデザイナーとして活躍。71年の来日以来、日本を含め、アジア各国の素材や伝統技術を生かしたものづくりを取り入れ、テキスタイルやジュエリー、生活雑貨など幅広くデザインした。
自然に寄り添いながら、謙虚に生きるライフスタイルを求めて、東京から生活の拠点を沖縄県石垣島に移したレール。海辺の家に移り住んだ彼が目にしたものは、毎日浜に打ち寄せる大量のプラスチックゴミだったそうです。
「自然を前に人間の与える影響なんてほんの小さなものにすぎない。なのに、それを壊すこととなると、我々は大きな影響を与えてしまう」。
美しい浜辺が無数のプラスチックゴミに汚染されていく姿にレールは、大量生産・大量消費型社会のなかで消えゆく伝統技術や、手仕事への懸念を重ね合わせていたのかもしれません。自然に還元しない廃棄物で環境破壊される海の現状を、多くの人に知って欲しい。こうしてレールは浜辺で拾い集めたゴミを使い、もう一度人の役に立つ実用的なものづくりを始めたのです。
On the Beach
ヨーガン レール 海からのメッセージ
十和田市現代美術館(青森)にて開催中
そんなレール手づくりの照明作品が、現在青森県の十和田市現代美術館にて展示されています。『On the Beach ヨーガン レール 海からのメッセージ』は2月5日(日)まで。
アクセスがいいわけではありません。なにも真冬の青森まで…と二の足を踏むのも無理はない話。だけど今あえて、ぼくたちがヨーガン レールという人間の自然に対する敬虔さに心を寄せてみる意味は大きい、こうも思えるのです。
全世界で毎年800万トン近いプラスチックゴミが海へと流出している。昨年、世界国際フォーラムの場でそれを訴えた団体がいました。このままでは2050年までに、泳ぐ魚の数を、海を漂うゴミの方が上回ってしまうという試算は、誰の耳にも衝撃を与えるものでした。
こうした深刻な現実を前にすると、人間ひとりのアクションなんて、ごく小さなことでしかありません。それでも、ゴミを再利用した照明にこだわりつづけたレール。ものづくりに携わる人間の矜持がそこにあるんじゃないでしょうか。その証拠に色とりどりのランプは、たとえそれが廃棄物と分かっていても、道具としてのたたずまいもあって、なにより美しいのです。
レールが実際に拾い集めたゴミだけを展示した部屋。愛犬の墨(スミ)を連れ、毎朝家の前の浜辺からプラスチックゴミを拾っては、ひとつずつブラシを使って丁寧に汚れを落とし、色ごとに仕分けしていく。石垣島の自宅兼アトリエは、この展示のような色とりどりのゴミでいっぱいだったのかもしれない。
2014年9月に逝去したレールの照明作品が日本で初めて展示されたのは、翌年の東京都現代美術館での企画展『おとなもこどもも考える ここはだれの場所?』でのこと。今展では、自然を大切にする生き方を貫いたレールのメッセージが、照明のほか、実際に拾い集めたゴミの数々、また自身が撮影した美しい海と汚れた海のコントラストを表現した写真作品などとともに紹介されています。
自然と寄り添う
“自給自作”の暮らし方
「自給自足ではなく、“自給自作”。自分でつくることで、ものづくりの難しさが見えてくる。自分でつくれば、モノがうんと減るはず」。
古いインタビューの回答(GREENEXPOJP)の中に、ムダのない(ムダを生まない)レールの暮らし方のヒントがありました。人間の生活の根源にあるのが自然、そのことにもう一度目を向ける必要性を訴え、自ら南の島で実践したレール。それこそいま、多くの人たちがあこがれるライフスタイルなんじゃないでしょうか。
さあ、あえて極寒の東北へ。
雪景色や温泉だけでなく、せんべい汁やじゃっぱ(タラのあら)汁に代表される、あったかい鍋料理も冬の青森の魅力。足を運ぶ理由はいくらでもありますよ。
On the Beach ヨーガン レール 海からのメッセージ
会場:十和田市現代美術館
会期:2月5日(日)まで
時間:9:00〜17:00(最終入館16:30)
観覧料:1000円(企画展+常設展セット券)