愛を失った男と、その甥の、特に何も起こらない「無愛想」な映画。
『タクシードライバー』、『イングリッシュ・ペイシェント』に『シングルマン』。愛を失った男を描いた映画って、これまでどれほどたくさんあっただろうか。
アカデミー賞を二冠した話題作『マンチェスター・バイ・ザ・シー』も、悲しみに沈むひとりの男が主人公。だけど、他の作品とは少し違った、なんだか無愛想な1本だ。
なぜなら、それがドラマチックな展開からは程遠い、驚くほどに「単調」な作品だから。なのにどうして、観た後こんなにも心が溶けそうになるんだろう?
美しき港町の
平凡な日常風景
ケネス・ロナーガンが監督したこの映画は、マット・デイモンをプロデューサーに置き、ハリウッド常連俳優であるケイシー・アフレック(本作でアカデミー賞主演男優賞を受賞)を起用するなど、正真正銘の商業映画。でも期待とは裏腹に、描かれるのはある男、ある家庭の静かな日常風景そのもの。
主人公リー・チャンドラーは、感情を失った人形のような男。だけどひとたびこの平凡な街に来ると、時折しんどいくなるくらいに人間らしくなる。明るい伯父としての素顔があったかと思えば、怒りに任せてものに当たったりもする。
ストーリー自体は静かで多くを語らない、でもその情景が、私たちにたくさんのことを考えさせる。そんなぶっきらぼうさに心が惹かれた。だってここ最近、そういう映画に出会ってなかったから。
「単調」だからこそ
ストレートに胸に突き刺さる
「兄の死」というひとつのイベントをきっかけに故郷に返り、悲しい過去と向き合うリー。そんな彼が甥のパトリックとしばらく過ごすことになったという、シンプルな出来事を描いたストーリー。
ふたりは、お互いの傷を舐め合ったり励まし合ったりしない。急にたくましい大人に成長することもないし、人生を再出発させる恋なんてものも一切現れない。
それでも一緒に生活していくうちに、些細な喧嘩をしたりジョークを飛ばしあったりする。たったそれだけの何気ない日常だけど、人生において喜びを諦めなくてもいいんじゃないかと思える、ちょうどいい温かさがある。
「単調」だからこそリアルで、リアルだからこそ鈍く心に突き刺さる。
決して現実離れしない展開が、心が溶けそうになるほど共感できる秘密かもしれない。この作品が私たちにくれるもの、それはきっと「癒し」に似た感情だと思う。
5月13日(土)より、シネスイッチ銀座、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国ロードショー。