阿智村の星空に、大事なものを見つけた夜
「なあ、3人で旅行いかへん?」
そう言われて、真っ先に思い浮かんだ場所がある。長野県阿智村。環境省認定の日本でいちばん星が輝いて見える場所。
約1年前、東京のシェアハウスで私は、同世代の女の子2人と仲良くなった。青森、新潟、大阪。出身も、生い立ちも、職業もばらばら。やりたいことにチャレンジできる環境で、迷いと不安を抱えながらも、それぞれ自分の人生と向き合っている。同じ屋根の下に暮らす同志であり戦友。
3人とも自分の意志で頑張ってはいるけれど、正直にいえば、これからの道にどこかで少し迷いを感じていたのかもしれない。なんでもある“贅沢な東京”から、今は少し距離をおきたかった。噂に聞く星空を見上げたら、またここで頑張れる気がしていたから。
人口約6,500人の村の
街明かりが届かない場所へ
6時40分発の高速バスに乗り込む。昨日までの雨は止んでいた。背の高いビルの景色がどんどん山並みへ変わっていくにつれ、空が広くなっていく。少しずつ色づきはじめた木々が車窓を流れるたび、故郷・青森の景色と重なり少し寂しくなった。季節の移ろいを実感したのは、久しぶりだった。
東京を出て3時間半、バスは阿智SAに到着。今朝は雨が降っていたみたいだけど、日が差して暑いくらい。それでも、やっぱり雲は多い。宿泊予定の旅館「みさか」に電話を入れ、店主に迎えにきてもらう。
「今日は星、見えますか?」
「見えると思いますよ。あとね、月がとっても綺麗なんですよ」
訪れたのは満月の翌日。晴れていても月明かりが邪魔して、星が見えずらいのはわかっていた。けれどこの村の人たちは、星を目当てにやってくる観光客の期待や願いを汲みとるように、みんな「見えるよ」と返してくれた。
「日本一の星空ナイトツアー」に参加するほとんどの人が、昼神温泉郷に宿をとる。ここからゴンドラ乗り場に向かいさらに1,400m、街明かりの届かない山の上へ。
のどかな山村を散策したあと、宿に戻り、温泉に浸かってから夜に備えて仮眠をとることにした。目を閉じれば、宿のそばを流れる小川のせせらぎの音と鈴虫の鳴く声が、心地よく耳に届く。そこに静かに2人の寝息が重なったのを聞いて、私も眠りに落ちていった。
希望の光、いまだ見えず。
携帯のアラームで飛び起き、厚着をして旅館の玄関に向かったのは19時ちょうど。乗り込んだ送迎バスは、定員ギリギリの人。みんなの想いはひとつだけ。どうか晴れて欲しい。
全長2,500m、高低差600mをいくゴンドラ乗り場には、列をなす大勢の人。足元に冷気が絡みつく。まだ10月も始まったばかりだというのに、山あいの夜の寒さが身にしみた。
さいわい雨は降っていない。それでも、いまだ厚い雲が頭上を覆っている。頂上に行ったところで…自分さえ信じきれない私。
「雨…降らなくてよかったね…」
時季もタイミングも選ばず、「行くならここ!」と我を通してしまった申し訳なさに、必死に目の前の状況から、少しでも良いと思えることを探し出して口にしてしまった。
すると……
「もう、来れただけで充分幸せやけどな」
「うん。温泉最高だったしね!」
この子たちは本心でそう言ってくれている。こんな2人にこれまで何度も私の心は救われてきた。東京での日々がよみがえり、彼らの笑顔が滲んでいった。気を使っていた自分が恥ずかしかった。
ゴンドラに乗り込み、流れるアナウンスを聞きながら15分。たどり着いた山頂。雲に覆われた空、どうにか探し出した星2つ、3つ。
「こんなことあるんだ…」
ツアー会場の芝生にレジャーシートを敷いて腰掛けると、地面からも冷たさが伝わってきた。ここでスタッフから隣の人と手をつないで目をつむるようにアナウンスが。カウントダウンの掛け声と同時に、会場全ての電気が消され、目を開けたとき、そこに満天の星空が広がっている。本来ならば。
「10……3、2、1、0!」
ゆっくり目を開ける。
閉じる前と変わらない曇天が広がっていた。そりゃそうだよね。全員笑うしかなかった。それでも、熱のこもったスタッフの説明を聞きながら、雲がすぎるのをじっと待つ。祈りにも近い時間だったのかもしれない。
10分くらい経っただろうか。木立の葉が擦れる音が聞こるのと同時に、雲が徐々に流れ始めた。
「星が見えてきた!」
誰かがそう叫んだ。その声を合図に、重たい雲がいっせいに移動をはじめ、一瞬にしてもう数えることが出来ないほどの星が目の前に。拍手と歓声がこだまする会場。
「すごい…こんなことあるんだ…」
3人とも同じ気持ちだった。凍てつく寒さは相変わらずだけど、あったかい涙が頬を伝っていく。空いっぱいに広がった星空を見て胸に込み上げるものをどう抑えることができたろう。
「星、見えたね」
曇り空に、まだしっかり光の見えない自分たちの人生を重ねていたのかもしれない。きっとこの先、まだこれから進んでいく道に迷うことはあるだろう。それでも一歩ずつ進んでいけば希望の光は見えてくるんだと、この夜の出来事が改めて気づかせてくれた。
そして、今までもそうやって一緒に進んできた隣にいる2人が、これまでに増して大切な存在になった。
今年最後の夜空は、
オリオン座流星群とともに
これを奇跡と呼んでしまっては、少し安っぽく聞こえてしまうけど、私たちは確かに日本でいちばんの星空に出会うことが出来た。
阿智村を訪れる人たちは、プラネタリウムのような空を眺めながら何を思うのだろう。星空の下で大切な人に想いを告げたり、星に願いをかけたり、この瞬間を一緒に過ごすことで大事な人がもっと大事に思えるようになるかもしれない。
星の輝く夜空に映る「大切なもの」は、人それぞれ。どうか、あなたにも見つかりますように。
*
私が体験した「天空の楽園 星空ナイトツアー」は、明日10月21日(土)まで。ちょうどオリオン座流星群のピークが今週末だそう。最後の最後に、クライマックスを迎える天空の楽園に辿りつけるチャンスは少ないかもしれない。
けれど、あの星空がなくなるわけではない。22日からスタートする「星空&雲海 天空の楽園 雲海harbor」では、早朝の星空を見ることもできるそうだ。さらには12月9日(土)より「Winter Night Tour」も開催予定。詳細はこちらから。