奄美・徳之島で育った国産コーヒーを飲める海辺の喫茶店「スマイル」
「はい、いらっしゃいませ」
と迎えられて店内に入った。その店の名は、「スマイル」という。
スマイルは、かの有名な「戦艦大和」の慰霊塔が立っている奄美・徳之島の犬田布岬にある喫茶店だ。そしてそこは、徳之島で唯一、「吉玉農園の国産コーヒー」を飲むことができる場所。
お店に立つのは、吉玉農園でコーヒー栽培を手がける吉玉誠一さんの奥さん、道子さん。
「何にしましょうか?」
その場所に流れる穏やかな空気とは裏腹に、私は緊張していた。なぜならそれは、人生で初めての「国産コーヒー」を飲む瞬間だったから。注文は、もちろん「徳之島コーヒー」一択だ。
コーヒーの脇には「黒いモノ」
が添えられていた
お店には、毎日吉玉さんが自宅で焙煎した豆が届けられている。開店から2019年で10年になるが、初めの頃は収穫量が不安定なこともあり、徳之島で育てられたコーヒーが飲めるのは、期間限定のわずかな時期だったそうだ。
「せっかく来てもらっても飲めないとわかると残念そうにしてた人も多かったですよ。それが今では、年によっては台風の影響などで豆がなくなってしまうこともあるけど、基本は通年で飲んでもらえるようになって、お客さんも喜んでくれているのでよかった」
昔を思い出して目を細めながら、ハンドドリップで丁寧にコーヒーを淹れてくれる道子さん。ご主人の吉玉さんが徳之島で育てたコーヒーを、美味しく飲んでもらう場所を作りたいとこのお店をオープンさせたのは、もう10年ほど前のことだ。
のんびりした空気が流れる店内。入り口すぐの本棚には、徳之島やコーヒー関連の資料も揃う。
コーヒーを待っている間に店の中を見渡すと、ふと棚やカウンター席に使われている木の板にたくさんの落書きがあることに気づく。「アイアイ傘」とか、「◯◯命」とか、時代を感じさせる懐かしい落書き。
じつはスマイルができる以前にも、この場所は喫茶店だったそうだ。お店は、奄美群島国定公園(現・国立公園)の一部である犬田布岬の休憩所の一角を使って営業されていて、そこに通っていたお客さんが壁板に落書きを残していたのだ。
その一部をそのまま引き継いで使用していたところに、スマイルに来たお客さんが落書きを追加。それが今の状態だ。
「スマイルは平成20年の8月13日にお店がオープンしたんだけど、お店ができて2日後に大学生が来て、書いていいですか?って書いた落書きもあるんですよ。何を書いたか? ホラこれです」
店の中央に置かれた植物ラックをよく見ると……。
“北京オリンピック記念”
確かにその年には、北京オリンピックがあった。けど、徳之島のこのお店にコーヒーを飲みに来てなぜそれを書いたのかは、彼らにしかわからない。わからないけど、彼らが当時、楽しかったんだろうなということはなんとなく伝わって来たから不思議である。
「あっという間の10年でしたねぇ。はい、どうぞ」
いよいよ運ばれてきたコーヒーには、珍しいものが添えられていた。豆皿に乗せられた、純黒糖である。
コーヒーカップも一つずつ違うものをそれぞれ選んでくれる。
「お店の近くで作られている黒糖なんですよ。徳之島はサトウキビが特産だから、いろんなところで作ってるものがあるけど、店では私が一番美味しいと思っている黒糖を出しています」
コーヒーのおともとして、ちょっとしたお菓子をサービスでつけてくれる喫茶店は多い。それでも、おともに「純黒糖」がついてくるのは初めてだった。チョコレートでもビスケットでもなく、島ならではのものがついてくるというのが嬉しい。
ところで、純黒糖(黒糖)と、加工黒糖の違いはご存知だろうか。純黒糖は、サトウキビの絞り汁を煮詰めて作られるもの。他に何も加えないので素材の栄養素であるビタミンやミネラルが豊富に含まれている。この純黒糖に、粗糖や糖蜜を加えて甘みや味のバランスを整えたものを、「加工黒糖」という。近所のスーパーでよく見かける黒糖は、こちらであることが多いようだ。確かに島で初めて純黒糖を食べた時、馴染みのある黒糖の味とはまた違う味がして驚いたっけ。
そして、ゆっくりとカップを手にとり、コーヒーを一口飲んだ。何も語らず、続いて純黒糖をひとかじり。そのあと、鼻から思いっきり空気を吸い込んだ。そしてまたコーヒーを一口……。まろっとした純黒糖の甘みと、コーヒーの優しいコクが口の中で混ざり合っていく。
「こ、これが、徳之島で作られるコーヒーの味か……!」
実はあの島味メニューも
忘れられない…
さて、スマイルには、国産コーヒーを求めてやって来た私たちだが、じつは他にも気になって思わず注文してしまったメニューがある。
「ミックスジュース」と、「すももジャムのトースト」だ。
フルーツの爽やかな甘さとミルクのクリーミー感のバランスが絶妙なミックスジュースは、島で採れたパッションフルーツや島バナナなどのフルーツを種類合わせて作られている。
ジャムに使われているすももは、これまた吉玉さんの畑で育てられたもの。毎年6月頃に収穫できるものを、道子さんがジャムにする。それを、サクッと焼きあげたトーストにたっぷり。この香ばしさと優しい甘さが、とってもコーヒーに合うのだ。
シンプルなのに美味しい食べ物って、最強。
「ピザにかけているタバスコも、お父さんの畑で採れたもので私が手作りしているんです。徳之島の知り合いのところで採れたはちみつで作る“はちみつレモン”とか、島で採れるシークニンというみかんを使った“シークニンソーダ”もすっきりしてて、美味しいですよ」
全部、島でできたものを使った「島の味」。その土地で育ったものをその土地で食べるのは、すごく贅沢なことだ。
「お父さんとよく話しているのはね、コーヒーでもなんでも、正直に作って出そうということです。これが一番ですね」
スマイルで出てくるメニューはどれも、「食べる人」のことも、「作る人」のことも考えられた優しさを感じるものばかり。徳之島の水は硬度が高く、ミネラルが豊富なので、コーヒーも合わせてその味わいの違いも感じてみてほしい。
それぞれの島で、それぞれの
コーヒーが飲める未来
「ここまでの道のりは長かったですよ。お父さんが奄美大島の宇検村から苗木をもらって来たところからだったけど、今みたいにインターネットでなんでも調べられる時代じゃなかったから、自分の足で回らないといけなかった」
植物が相手だから、焦ったってどうしようもない。とにかく辛抱強く続けていくことが大事だった。花が咲いて、いよいよ次の年くらいから実がなるぞって時に台風で木が全部やられて、心が折れてしまった栽培仲間もいたという。
ご主人の焙煎した豆。
それでも、先にお話を伺っていた吉玉さんは、楽しそうにコーヒーを育てていた。でも、「母ちゃんには昔も今も、苦労かけっぱなしです」なんて、道子さんへの感謝の気持ちも口にしていたなあ、なんてことを思い出しながら、お店のメニューを改めて眺める。
裏にめくってみると、そこには一杯のコーヒーができるまでの工程が説明されていた。それを読むと、実がなったらそのまま出荷する野菜や果物などとは違って、コーヒーがコーヒーとして口にできるようになるまでには、長い時間と手間がかかることに改めて気づかされ、じーんとする。
「10年前、ここで初めて自分たちのコーヒーをお客さんに出して、“美味しい〜”って言われた時には嬉しかった。嗚呼、やっぱりやった甲斐があったなあって思いましたよ。やり続けてきてよかったんだなあってね」
吉玉さんのコーヒーは、間違いなくこの奥さんに支えられて、二人三脚で出来たものなのだ。
「これから、国産コーヒーが盛り上がってくれたら嬉しいけど、ゆっくりでいいと思います。焦ってもね、なんせ植物が相手だから。でも、例えば将来、どの島に行っても、それぞれの島のコーヒーが飲めるようになんてなったら、すごく最高じゃないですか?」
コーヒーを飲み終わって、お店を出た私は、すぐそばにある青い海を眺めながらつぶやいた。
「それはすごく最高だな……」
『自家焙煎珈琲 スマイル』
鹿児島県大島郡伊仙町犬田布1642-4