「阿蘇」でだって出来る。元高校教師が作る国産コーヒーは、寒さを味方にした未知の味 ——熊本・後藤コーヒーファーム

なんと、日本の三大コーヒー産地(沖縄、奄美、小笠原)ではない場所でも、国産のコーヒーはすくすく育っていました。その場所は……熊本?

元高校教師の後藤先生こと後藤至成さんは、熊本県立阿蘇中央高等学校赴任時に生徒と一緒にコーヒー栽培をスタート。退職した現在は、南阿蘇村で村の農地を借りてコーヒー栽培を続けています。

熊本で生まれたコーヒーは、一体、どんな味がするんだろう?

コーヒー作りのきっかけは
「阿蘇」への転勤でした

©2019 後藤コーヒーファーム

後藤先生がコーヒーを作っている阿蘇地域は、北緯32.5度。一般的にコーヒー作りに向いているとされる「コーヒーベルト」は北緯25度〜南緯25度なので、そこからはだいぶ外れた場所に位置しています。

後藤先生がそれでも阿蘇にこだわる理由のひとつは、阿蘇にはおいしいものを生み出す環境がそろっていると感じたから。農家の息子として育ち、大学で農業を学び、その後も農業の先生として勤め上げた後藤先生の最初の直感がコーヒーに結びつくのは、もうしばらく後の話になります。

 

「17年前(2002年)に転勤で阿蘇に来たんですが、阿蘇の涼しい気候や豊富な水源は、農業にとって非常に魅力的なポイントだと思いました。実際に阿蘇でとれる農産物はおいしいんです。ただ、当時、その割にはあまり評価されていないような感じがしていました」

 

“阿蘇産の農産物のおいしさを証明したい”。それを一番分かりやすく表現できるのはフルーツだと考えた後藤先生は、まず生徒にアンケートをとり、サクランボやリンゴなどの色んなフルーツを育ててみたんだそう。複数のフルーツを育てていくなかで、阿蘇の環境と相性がいいと感じられたのがパイナップルやバナナといった熱帯フルーツでした。この「熱帯」に辿り着いたことこそが、後のコーヒー作りへの第一歩だったといいます。

熱帯フルーツですか…!?

思わずそう聞き返すくらいには、驚きました。熊本出身の私は、阿蘇の厳しい寒さを知っています。九州に位置する熊本は南国のイメージがあるかもしれませんが、阿蘇の気候は少し特殊。冬は氷点下になりますし、雪だって積もります。暖かい地域で育てられている熱帯フルーツ(コーヒーも然り)と阿蘇の組み合わせは、なんとも不思議です。

 

「果物を育てるとなると地域の景観に関わります。もちろん気候も重要で、阿蘇は風が強いので、果実が落ちるようなものはなかなか難しい。その点パイナップルは、景観を壊すことなく風にも強いんです。あと、育てていくうちに、熱帯フルーツはタフだと分かりました。意外かもしれませんが、暑くなくても大丈夫なんです」

 

熱帯フルーツに力を注いで数年経った頃に着目したのがコーヒーでした。

 

「熱帯ものが強いというのは段々分かってきていました。そこで、暖かい地域で育てられていて、現状輸入に頼っているコーヒーを自分たちの手で育ててみてはどうか?と興味を持ったんです」

 

後藤先生が沖縄から苗を40本持ち帰り、コーヒー作りを開始したのは2012年のこと。退職まであと6年というタイミングで、阿蘇でコーヒーを作るという前代未聞の挑戦が始まったのでした。

©2019 後藤コーヒーファーム

過疎地域の活性化、若い後継者の育成もコーヒー栽培のテーマとして意識していたとか(※写真は2018年植え付け時の様子)。

後藤先生のコーヒーはどんな味?

©2019 後藤コーヒーファーム

ビニールハウスでの試験栽培から始まり、はじめて収穫までこぎつけたのが2015年。ご自身で育てたコーヒーをはじめて焙煎して飲んだ時の感想は……。

 

「『コーヒーの味がする!』ですね(笑)。もともとコーヒー通でもなんでもなかったんですけど、どんな味がするのかは不安だったので、ちゃんとコーヒーの味がすることが証明されて安心感と感動に包まれたのを今でも覚えています」

©2019 後藤コーヒーファーム

真剣な眼差しで焙煎を行う後藤先生と生徒たち。

収穫したコーヒーを高校の学園祭で出した時には、高校生たちにも好評だったとか。

<学園祭で出した“熊本産コーヒー”に寄せられた感想は……>

・甘い ・フルーティー ・香りが強い ・爽やか ・苦くない! など

「後口が悪い、苦いから嫌っていう理由でもともとコーヒーが好きじゃない生徒もたくさんいたんですが、飲みやすいって言って飲んでいましたね」

©2019 後藤コーヒーファーム
©2019 後藤コーヒーファーム

学園祭、試飲会にて“熊本産コーヒー”を味わう。

コーヒーを飲んだほとんどの人が口にしたのが「甘い」「香りが強い」というキーワード。これは決して偶然ではなく、阿蘇で育ったコーヒーならではの味だと後藤先生は言います。

 

「世界的に有名なキリマンジャロのコーヒーは気温差がある高山で栽培されていますよね。気温差が大きいほど甘いコーヒーになるんです。コーヒーベルトと呼ばれる赤道直下は全体的に気温が高くて下がらないから甘いコーヒーを作るのは難しい。

阿蘇のコーヒーは12月から3月の冬の間が完熟期で、気温が低い分収穫までに時間がかかります。長い日数をかけて養分を貯め込んでくれるから、身がしまって甘いコーヒーができるんです。“甘いコーヒー”というのは、阿蘇で作るコーヒーのひとつの特徴であり、武器になると思っています」

 

後藤先生のコーヒーは、「コーヒーは暖かい国のものだ」というイメージに捉われていたら見出せなかった新しい味。阿蘇の厳しい寒さをも味方につけた新しいコーヒーは、きっと、これからもコーヒーの常識を覆していってくれるんだろうな、と思います。

TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。