地下鉄の物乞いが歌う「Your Song」

ある日、マンハッタンから自宅のあるブルックリンへ帰るため地下鉄に乗っていた時のこと。隣に立っていたおじさんが、突然大きな声で語り出した。少ししゃがれた特徴のある声が、疲れた背中が並ぶ地下鉄の車内に響いた。

「こんばんは。みなさん、今日はどんな1日でしたか?素晴らしい1日を過ごした人もいるでしょう、そうでない人もいるでしょう」

この時点で、同じ車両にいた乗客のほとんどが「ああ、またか」といった表情になった。誰もがおじさんから目をそらし、視線をスマフォの画面に落とした。案の定、おじさんはこう続けた。

「今、私はお金をもっていません。だけど……」

そう、彼は物乞いなのだ。そして、NYの地下鉄では毎日のように“物乞いの演説”が行われている。だから、みんな「ああ、またか」となる。もちろん、本当に苦しみ、助けを求めている人となれば、ささやかでもお金を渡す人もいるだろう。でも現実には、多くの物乞いの演説が無気力な棒読みで「金をくれ」と言うだけのものだ。自分は被害者で、施しをうけるのが当然だと言わんばかりの態度をとる人までいる。そんなものだから、仕事で疲れて帰宅途中の乗客の多くは無関心なのだ。

だけど、彼は気にせずに演説を続けた。

「十分じゃないってわかってるけど、僕にできる精一杯のこと。僕の歌を贈ります。これはあなたの歌です。気に入ってもらえるといいな。もしもこの歌で、世界が素晴らしいと思えたら、私のポケットにあなたの気持ちを詰め込んでください」

そして、彼は歌い出した。

これは俺が携帯電話で撮影したものだ。

© DAG FORCE/vimeo

俺はおじさんの自信に満ちた歌声に、ほかの物乞いとはまったく違うものを感じた。気がついたら自分も一緒に歌っていた。動画でおじさんと一緒に歌ってるのは俺だ(汗)。

実際、歌いおわった後、お金を入れてもらうための紙袋をポケットから取り出す彼の表情はすでに物乞いじゃなかった。もちろん、俺はチップを渡した。無関心を装っていた乗客の何人かも笑顔でお金を紙袋に入れていた。

日本にいた頃は年間100本以上のライブやMCをこなしていた俺だけど、NYではそうはいかない。歌う場所が少ないことに、フラストレーションを抱えていた俺は、ふいに音楽で誰かと通じ会えたことが なによりもうれしかった。

DAG FORCE/ラッパー

1985年生まれ。NYブルックリン在住のラッパー。一児の父。飛騨高山出身。趣味は、音楽、旅、食べること、森林浴。NYでの日常生活で感じたこと。そこからポジティブなメッセージを伝えていきたい。

Top image: © DAG FORCE
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。