アウトドアシーンとブランドの在るべき姿とは?/「キーン・ジャパン」GM・竹田氏インタビュー【後編】
8月20日〜22日の3日間にわたって新潟・苗場で開催された「FUJI ROCK FESTIVAL 2021」。
そんな日本最大級の野外フェスを長年にわたってサポートしてきたアウトドアシューズブランド「KEEN(キーン)」が、開催直前に出展中止を発表した、その真相について迫った【前編】に続き、今回は「キーン・ジャパン合同会社」ジェネラルマネージャー・竹田尚志氏に、「KEEN」ブランドの背景、自然保護活動や災害支援を積極的におこなう理由、新たなプロダクトや「KEEN」が目指す未来について話を聞いた。
大阪市阿倍野区生まれ。「甲南大学」を卒業後、渡米。「サウスカロライナ州立大学院」にて国際経営学修士を取得。大手会計事務所にて米国上場企業の監査やM&Aを手がけ、2003年の帰国後も多くの企業再生や事業立ち上げに携わる。2013年、「キーン・ジャパン合同会社」のジェネラルマネージャーに就任、現在に至る。災害支援ネットワーク「OPEN JAPAN」をはじめ、数々の社会貢献団体を支援。自らも「NPOみらいの森」理事、「Us 4 IRIOMOTE」代表など、ソーシャルアクティビストとしての顔を持つ。
環境保護、災害支援、ジェンダーや人種問題に
取り組む「KEEN EFFECT」とは?
──「KEEN」といえば、環境保護や災害支援に向けたアクションを積極的におこなっている印象がありますね。
僕らが環境やフィールドの保全に能動的なのは、それがあってはじめてビジネスが成り立つので、当たり前の行為ではあります。ただ、それ以前に、ブランドとして、そして会社として大切にしているものがあります。
「do the right thing」──「正しいことをやる」っていう、強い想いです。
今は多くの企業でCRS活動の一環として環境保護を謳っていますが、それらの多くは、過去に自分たちが犯した間違いの罪滅ぼしみたいな場合が多いんですよ。自分たちがやってきた商業主義的なものへの後ろめたさをかき消そうとしてるというか......。
僕らは「do the right thing」を社是にもしているように、創業以来、それを信念に掲げてきたんです。
撥水加工に一般的に使われる有毒物質「PFC」を不使用にしたプロセスを一般公開。撥水加工を施しているメーカー各社に向けて「ともにPFCフリーを実現していこう」と呼びかけている
Black Lives Matter(BLM)ムーブメントに賛同。「KEEN」直営 原宿店のショーウインドウに大きな「AGAINST」の文字を掲げ、社員らもマーチに参加(右は竹田氏)。
世界最大の温帯雨林「トンガス国有林」を保護するNPOへ商品の売り上げの一部を寄付し、その活動を応援している。
グレタ・トゥーンベリさんが始めた環境抗議活動「Fridays for Future」に賛同し、社員とともにマーチに参加。店頭ではプラカードを作るコーナーを設け「KEEN」ファンへ参加を呼びかけた。
「海洋ごみの多くは街からやってくる」──。この事実をNPOらと一緒に啓蒙。ストリートのごみ拾いイベントを開催。
世界自然遺産に登録された西表島。オーバーツーリズムなどの懸念を2018年に感じ、島の文化や自然を次世代へ継承するためのプロジェクトを開始。2021年7月には3年の歳月をかけ撮影された映画を無料で公開、「KEEN」公式YouTubeで観ることができる。
──国連サミットで「持続可能な開発目標(SDGs)」が可決(2015年9月)されるはるか以前から、環境保全だけでなく、貧困対策やジェンダー、人種の問題にも取り組んでいた印象です。
社会正義といわれる部分ですね、
じつはアウトドアビジネスそのものが、世界的には白人主義......さらにいえば、白人の男性を中心に栄えてきた業界なんですが、僕らはそれも問題だと感じていて、そういったものも変えたいという思いでやってます。
この時代に、しかもビジネスにおいて「正しいことをやる」のは難しい側面もあるんですが、すごくシンプルで、すごく素敵な考え方だと自負しています。
──「KEEN」ではそれらを「KEEN EFFECT(キーン・エフェクト)」と呼んでいますね。
「EFFECT」は「効果」という意味なんですが、僕たちは、自分たちのアクションがどういう結果になったか、それがわかるものにしか手を出していません。
大きな会社がよくやる「◯◯に何億円寄付しました」という行為は、たしかに社会に大きなインパクトを残すかもしれない。でも、その結果を見届けずにいるのは、さっきの企業のCSR活動の話ではありませんが、グリーンウォッシュをやっているのと大差ないと考えています。
リアリティだったり手触り感だったりを大切にしながら、社会正義を自分事化しておこなうこと。それが「KEEN EFFECT」というアクションの基礎になっています。
──そんな「KEEN EFFECT」のひとつに「マッチング・ドネーション」というアクションがありますね。一般の方が災害支援ネットワークへ寄付をすると、その同額、もしくは同額相当の物資をブランドが寄付するという仕組みですが、「KEEN」はその行為によって“何を得ている”んでしょうか?
ん〜得ているもの......そうですね、「KEEN」のファンや賛同してくれた人たちと一体になれるということでしょうか。ひとつの目的に向かって、一緒に進んでいく。たとえば、被災された方の生活を一日でも早くもとに戻したいと寄付された方と、我々も思いを一緒にできるっていう。
こういうことができる機会って、会社とかブランドってなかなかないんですよ。ブランドとか商売っていうのは、基本はすべてがgive and take。「この商品をあなたにわたしますから、あなたからお金をもらいます」という関係性。
つまり、同じ方向を向いてお客さんと一緒に何かをやるっていうのってあんまりなくて、それはすごく貴重な機会と体験だなと思っていますね。
スマトラ沖大地震による津波の被害を目の当たりにし、翌年の広告費すべてを寄付や独自の支援活動に。現在も自然災害発生の際にはマッチングドネーションや靴の寄付などをおこなっている。
2013年11月に南太平洋で発生した台風30号「ヨランダ」。フィリピン・サマール島では、現地のディストリビューターやボランティア団体とともにシューズ30000足の寄付をおこなった。
(右は竹田氏)
2019年の台風19号では、被災した長野県へ「KEEN」スタッフが交代で通いボランティア活動をおこなった。
2019年の九州北部豪雨で被災した佐賀では「KEENカフェ」を開催。歌手の東田トモヒロさんのライブや「KEEN」シューズのドネーションがおこなわれた。
ムーブメントは人を、文化を、
社会を変える可能性
──ブランドの今後の展開について教えてください。
プロダクトについては、日本では今年から本格的にローンチした「KEEN UTILITY」がいちばんのトピックになります。これはまったく新しいビジネスセグメントで「ワークブーツ」のラインです。
じつは北米では「KEEN」のワークブーツって市場で3番手くらいに急成長してるんですよ。これまでのシェアは、いわゆるブーツメーカーがメインだったんですが、防水性とか通気性といった機能面においてはアウトドアブーツのほうが優れていて、その結果、今では大きな支持を集めているんです。
ワークブーツ......つま先に鉄などの芯が入っている、要は“安全靴”ですね。
土木とか建築関係の人、町工場、バイクやクルマのメカニックスは、怪我の防止のために安全靴を履く必要があるんですけど、タフに履くのですぐに壊れちゃったり、安い商品が多くて、使い捨てのイメージもある。
ただ「KEEN」のプロダクトは、ちょっと高くはあるんですが、アウトドアシューズ製造で鍛えられた耐久性や機能性を備えていて、環境負荷を低減した製造工程を経ている。しかも格好いいんですよ。仕事場から遊びまで一足でいけるっていうコンセプトで、ヘビーデューティーな仕事場も、街も、靴を履き替えずにいけるし、長持ちするという。
そういう意味では新しいワーカースタイルの提案といえるかもしれませんね。
しかも、このラインは、じつは災害支援とも関係していて......。
──と、いうと?
災害支援をされている方は釘などを踏み抜かないように、安全靴を履く必要があるんです。道路をふさぐ木や倒壊した建物の解体にチェーンソーなんかも使いますし、重い物を足に落としても大丈夫なように。
これまでも「KEEN UTILITY」のワークブーツをボランティアの方々に提供してきたんですが、これからはもっといろいろなシーンで活躍するプロの方に履いてもらおうと考えています。
──なるほど。では「KEEN EFFECT」で挑戦しようと考えている新たなアクションは?
検討しているものはいくつかありますね。
「KEEN EFFECT」では、じつにさまざまなテーマを扱ってはいますが、「あ、これは今の世の中に大事だ」ということにフォーカスして、再定義しつつ、整理しつつ、do the right thingを目指していきます。
そしてその結果、世の中の一人ひとりが行動するキッカケになっていけばいいなという想いは強くもってますね。
──では、最後の質問です。「KEEN」というブランドが目指しているのは?
目指してるのは「KEEN」という名のムーブメントです。僕たちがなろうとしているのは、“Movement Company”なんですよ。
「KEEN」を知ることによって、アウトドアをもっと深く知って、もっと理解して、もっと好きになってくれれば、その人にMovementを起こしたといえるでしょうし、「KEEN EFFECT」というプロジェクトを知って、その活動に加わってみようとか、考え方が変わったなら、それもひとつのムーブメントなのかな、と。
その入り口を作る行為が“靴を売る”というビジネスなんです。アウトドアシーンにおいては、そういうプラットフォームになりたいですよね。
「KEEN」にとっての“アウトドア”は、山やキャンプみたいな、いわゆる自然がある場所だけじゃなくて“天井のない場所すべて”。
そして、「自分たちの可能性に天井はないよ」と伝えたい。
人種もジェンダーも、環境も、Movementによって不可能だと思っていたものが可能になるということを、プロダクトやブランドを通じて感じてもらえたら、そんなありがたいことはないなぁと思っています。
togetherとdo the right thingの精神を大切にしながらね。