もしも、『ミロのヴィーナス』に両腕があったなら……

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

ミロのヴィーナス発見

パリ・ルーヴル美術館に所蔵展示されている『ミロのヴィーナス』。古代ギリシャで制作されたこの彫刻は、長いあいだ誰の目にも触れることなく地中に埋もれていました。

古代からの贈りもの——それを再び目にした最初の人物は、ギリシャのミロス島で小作農をしていたヨルゴス・ケントロタス(Yorgos Kentrotas)だと言われています。1820年4月8日のことでした。

ヨルゴスが畑を囲む石壁を補強するため、適当な石を探しているときのこと、小さな礼拝堂の跡地で掘り出したものは、大理石でできた彫刻のパーツたち。

ヨルゴスの様子をすぐ近くで見ていた人物がいます。フランスの海軍士官オリヴィエ・ヴーティエ(Olivier Voutier)です。古代ギリシャの彫刻に情熱を燃やすオリヴィエは、農夫にチップを渡し、さらに周囲を掘るよう指示しました。

現れたのは、鼻と髪の結び目が壊れた頭部、台座、胴体など合計6つのパーツ。不思議なことに、さらに周囲を探したものの両腕だけはどこにも見つからなかったようです。

掘り出した断片をふたりはヨルゴスの納屋へと運び、パズルのように組み合わせたところ、現れたのは半身裸体の女性像。

その後、ミロス島(ミロ)で発見された女性像(ヴィーナス)は、フランスへと運ばれルイ18世に献上されたのち、ルーヴル美術館で所蔵されることとなりますが、第一発見者のヨルゴスにも、功労金として400ピアスタが支払われた、という記録も。現在の貨幣価値にしてどれほどのものであったのかは定かでありませんけどね。

 

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さて、顔立ちもプロポーションも非の打ちどころがない美の女神に、これまで多くの科学者や研究者らが、欠けた両腕を補った姿を復元しようと試みてきました。けれど、現在にいたっても「元のカタチはこうだった」と立証できるデータは存在しません。

両腕の彼女はどのような姿だったのか?
その手になにを持っていたのか?

ここにひとつの俗説があります。

ヴィーナスが手にしていたのはリンゴである

ギリシャ神話にあるトロイア戦争にこんな逸話があります。ヘラ・アテナ・アフロディテの3女神が美しさを競い、もっとも美しい女神には黄金のリンゴが与えられることになりました。

この勝負のジャッジをしたのがゼウスによって選ばれた羊飼いの美少年パリス。ところが、判定を自分のものとするため、3女神はパリスを買収しようと企てます。

ヘラは「力と富」、アテナは「戦いにおける勝利」を。そして、アフロディテは「世界一の美女」を与えると。結果、パリスが選んだのは世界一の美女。こうしてアフロディテは黄金のリンゴを手にすることに。

このストーリーが元になり、ミロのヴィーナスも手にはリンゴを持っていたのではないか。とされているというわけ。半裸の女性像がアフロディテだという確証はないんですけどね。

じつのところ、胴体と一緒に発見された台座部分にその答えが明記されていたという見方がありますが、なぜだかフランスに渡ったのち、台座は行方不明に。今日ルーヴルで飾られているミロのヴィーナスも台座がないままなのは、そのためなんですよね。

いずれにせよ、不在の腕の形状がどうであったかを問うのは野暮ってもの。そこは、見る人それぞれの想像力に委ねる。これに尽きますね。

Top image: © Mic hael/Shutterstock.com
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