ノストラダムスは大予言者か?大虚言者なのか?
何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。
それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。
アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?
ノストラダムスの日
1999年の7の月、空から恐怖の大王が降ってくる——。
今にして思えば、いったい何だったのだろう? 昭和を生きた諸先輩方ならば、きっと誰もが少なからず“その日”に怯え、不安を覚えたに違いありません。
ルネサンス期のフランスに生きた医師であり占星術師、ミシェル・ノストラダムスが遺したメッセージは、はたして本当に大予言だったのか? 大虚言だったのか?
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冒頭から失礼いたしました。
じつは、今日(5月4日)は「ノストラダムスの日」なんだだそう。なぜにこの日となったかといえば、先の詩が綴られた『ミシェル・ノストラダムス師の予言集(Les Prophéties de M. Michel Nostradamus)』の初版が1555年の今日、発行されたからだそうで。
この予言集、「百詩篇集」と銘打たれた四行詩と散文で構成されているらしく、この「百詩篇集」のなかに数々の予言が刻まれていたようです。
「ようです」とするのも、ご存知のとおりノストラダムスの予言にはいくつもの解釈があり、ノストラダムスが正しく未来を見通す目を持っていたと考える人たちもいれば、後世の研究者らが史実に当てはめて、「予言が現実のものとなった!」と解釈した。という見方も。
常識で考えればやはり後者の見解に一票といきたいところ。だって、具体的な記述ではなく、あくまで詩のなかに登場するわけですから、これはもう解釈する側の捉え方ひとつですよね。
が、だとしてもです。
まるで、未来を言い当てたかのように「百詩篇集」の内容が史実に“フィット”した。フランス革命しかり、第二次世界大戦しかり、凄惨なテロ事件しかり、異常気象しかり、そして世界をまん延した感染症でさえも……。
これとて、あくまで解釈の範囲でしょう、きっと。ただ、どちらにせよ人類が、そして地球環境が、稀代の予言者が生きていた時代よりもはるかに、よくない状況へと向かっていることだけは事実と認めるほかありませんよね。
単なるオカルトかもしれない。なのに気になっちゃうんだから仕方ない。
もちろん、ノストラダムスに限らず19世紀から20世紀を生きたエドガー・ケイシー、タイムトラベラーを自称するジョン・タイターをはじめ、予言者、超能力者とされる人たちの外れた予言や荒唐無稽な終末論は数しれません。
当たったように思える事例だけが記憶に残る。それが予言的中のからくり。それでもなお、いまを生きる私たちは、過去からの啓示に耳を傾けてしまうのはなぜでしょう。
再び「ノストラダム現象」のようなブームが到来するとは思えませんが、そう遠くない未来にも予言がひとつありました。「百詩篇集」をまとめた「ノストラダムスwiki」より、以下の詩(訳文)を拝借しました。
七スタディオンの大きな円い山が
平和、戦争、飢餓、洪水のあとで
遠くへと転がるだろう。
広大な諸地方を深淵に投げ込みつつ
古代遺跡や大きな土台すらも同様に(投げ込みつつ)
2069年、人類の前に巨大隕石の落下という悲劇が待ち受けていることを予言しているそうです。
うーん、詩の解釈ってムズカシイ。