キャッシュレス時代の今、あえて伝えたい「千円札の人」の生涯

何気ない一日に思えるような日が、世界のどこかでは特別な記念日だったり、大切な一日だったりするものです。

それを知ることが、もしかしたら何かの役に立つかもしれない。何かを始めるきっかけを与えてくれるかもしれない……。

アナタの何気ない今日という一日に、新しい意味や価値を与えてくれる。そんな世界のどこかの「今日」を探訪してみませんか?

野口英世が逝去した日

そのスムーズ&スピーディさだけでなく、コロナ影響から非接触であることが支持を受けて、ここ数年で一気に加速した感のあるキャッシュレス決済。

とくにミレニアルズやZ世代の人たちが硬貨や紙幣に触れる機会は極めて少ないであろう昨今......さて、クイズです。

日本の千円紙幣に肖像が描かれている人物は?

3、2、1......タイムアップ!正解は「野口英世」です。

「いや、それくらい知ってるよ」って? では、野口英世がどんな人物であり、紙幣のデザインに起用されるほどのいかなる功績を残したかは?

今日は、1928年5月21日.....つまり94年前の今日にこの世を去った野口英世についてご紹介します。

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1876年の11月9日、福島県は現在の猪苗代町に生まれた野口英世(出生時の名前は清作)は、1歳半のとき、火がくべられた囲炉裏に落ちて大火傷を負い、左手の指が癒着。自由に動かすことができなくなります。

高等小学校(現在の高等学校)時代、学校や友人の応援と資金的な援助を受けて手術に臨み、左手の状況が改善。医療と医学の素晴らしさに感銘を受けた英世は、その後、メディカルサイエンスの道を志すこととなりました。

生来の放蕩気質からたびたび生活苦に陥りながらも、医学への情熱が失われることはなく、わずか20歳で医師の資格を取得。

のちに“Human Dynamo(ヒューマンダイナモ/人間発電機)”と呼ばれるようになるほどの激烈な働きぶりと行動力から、臨床医としてしてだけでなく、伝染病研究所や横浜海港検疫所などに勤務して“研究者”としても高い評価を受けるように。

1900年、渡米。複数の大学や研究所で蛇毒、梅毒などの研究に従事し、1915年、ノーベル賞候補に名を連ねるまでになりました。

その3年後、英世はその後の人生を大きく変える研究に挑むことになります。その研究対象とは、当時猛威をふるっていた感染症「黄熱病」です。

周囲の反対を押し切り、南アメリカやアフリカなど、研究者たちが次々と罹患し、命を落とす過酷な現場に赴いてワクチンの開発に挑む野口英世。

そして、ついに自身も凶悪なウイルスに感染し、罹患が判明した10日後の5月21日、殉職しました──。

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おそらく多くの人にとって“千円札の人”という印象が強いであろう人物・野口英世の生涯、いかがでしたか?

「ウイルス」「感染」「ワクチン」など、2022年の今現在もテレビやネットでほぼ毎日のように目、耳にする単語が登場する英世の人生。

紙幣を使う機会が減った現代の生活と因果めいたものを感じるのは、気のせいでしょうか......。

Top image: © Itsunfotos/Shutterstock.com
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