回転レーンを流れてきた「オーガニックはまち」ってなに?
『オーガニックの新解釈』をテーマに、現代を生きる私たちにとってのオーガニックをあらためて考察する企画を続けております。
先日、インターンメンバーのひとりがこう言うのです。
「くら寿司でオーガニックなはまちを食べてきました。魚にもオーガニックってあるんですね」
オーガニックな魚……?どゆこと??
どうやら「オーガニックはまち」という商品名だそうで価格は200円そこそこというから、通常の「はまち」(130円)からするとなかなかいい値がします。それにしても、なにゆえ魚でオーガニックなのでしょう。
「オーガニックはまち」は
リアルにオーガニックだった!
話を聞いた週末、いざ「無添くら寿司」へと出向いたものの、残念ながら提供期間が過ぎてしまったようで、くだんのオーガニックはまちはメニューから姿を消していました。代わりに「大切はまち」をおいしくいただいたわけですが、やっぱり“オーガニック版”のはまちが気になって仕方がない(これはこれで「定番商品のオーガニックライン」でもある)。
そこで検索してみると、どうやら出自は2021年3月まで遡るようです。すこし古いX投稿のご紹介、お許しください。あくまでイメージということで。
当時、世はまさに新型コロナウイルスの第3波。緊急事態宣言が東京で発令されたころ、くら寿司グループの「KURAおさかなファーム株式会社」が手がけたオーガニックはまちが、日本で初めてとなる国際基準の有機水産魚として「オーガニックフィッシュ認証」を取得していたようです。
オーガニックフィッシュ認証、はて……?という人のために、以下、詳しくご説明させていただきます。
オーガニック水産物とは何なのか?
そもそも、「オーガニックフィッシュ認証」とはなんぞや?
農林水産省所管の認証機関「オーガニック認証機構」が制定した規格「有機水産養殖及び加工」の認証のこと。そう、オーガニック水産物(オーガニックフィッシュ)は、つまるところ養殖魚なんです。
日本では馴染みの薄い養殖ベースのオーガニック水産物。調べてみるとヨーロッパや北米などでは推進されているようで、ノルウェーでは有機養殖のサーモンが年間およそ1万トンも養殖され市場に出ているんだとか。
言わずもがな、これらオーガニックな養殖には厳格な基準が設けらています。自然環境への影響を極力抑える工夫、たとえば、いけすの容積に対して飼育できる魚の量は何%までとか、餌には天然・有機栽培で生産された原料を用いることだとか。あらゆる条件を満たしてこそのオーガニックというわけ。
そしてKURAおさかなファームでも、厳格な基準のうえに養殖を行なっているようです。
たとえば、魚粉や小麦粉などオーガニックの規定を満たす天然由来の素材を使った有機水産飼料を独自開発。また、新たな飼育方法を確立し、環境負荷が少なく魚にストレスを与えない環境での養殖を実現。当時のプレス発表より、かいつまんで説明するとこう。
さらには、加工の段階においてもオーガニックであることが求められるようで、製造から出荷にいたる工程のどの段階で微生物や異物混入が発生するかをあらかじめ予測・分析して被害を未然に防ぐ(HACCPシステム)を用いて、加工管理を徹底する必要があるんだそう。
こうして厳しい審査をクリアしたことで、国際基準を満たすオーガニックフィッシュとしての認証を取得。晴れて「オーガニックはまち」は世にデビューすることになりました。
オーガニックな魚は
天然ものをしのぐ?
さて、くだんの「オーガニックはまち」を口にしたインターンメンバーに登場いただき、味の感想を聞いてみたいと思います。
オーガニックはまち、どんな味だった?
それが、フツーのはまちとほとんど違いを感じませんでした。
脂のノリとか、身の色とか、舌触りとかさ、生魚のくさみでもいい、そういうところの違いは?
うーん……あったのかなぁ。とにかくおいしかったです。
私の身近で唯一、その味を知る貴重な情報源のはずが……。残念すぎる回答です。ただ、彼はこうも言うのです。
普通の「はまち」もメニューにあったんですけどね。「オーガニックはまち」じゃないはまちって、いったい何なの……?“天然”とも書いてないので養殖なのかな?オーガニックを際立たせることで、逆にいつも口にしていた「はまち」がどこから来たものなのか余計に気になりました。
なるほど。言いたいことも分からないでもない。
定置網などで水揚げされたいわゆる天然の魚と養殖で育てた魚、そこにもうひとつオーガニックな養殖法で育てられた魚たちが加わる──。時代や風土とともに発展と変容を続けてきた寿司。同じ魚であっても職人の目利きや仕入れひとつで地域が変わり、産地や鮮度がブランド魚を産んできました。が、もしかしたら、近い将来「どこで獲れた魚か」ではなく、「誰が育てた魚か」が重宝される。そんな時代がやってきても不思議はないのかもしれませんね。
思えば、5年前『「寿司が消える日」銀座久兵衛、最後の予約』という記事を書き反響をいただきました。地球温暖化により海洋生態系が破壊され、寿司店から日本近海のネタが消える未来を予測したものです。
国連の定めるSDGs週間に合わせたエッジの効いたプロジェクトでしたが、さらに温暖化による海水温上昇は進み、そしてご存知のように近海もののサンマをはじめ、スルメイカや秋鮭といった冷水を好む生き物たちの漁獲量は減少の一途。こうなると、あの「寿司が消える」というシミュレーションが、いよいよ現実味を帯びてきます。
オーガニック水産物の未来
天然魚の捕獲にかかる負担を軽減し安定的な供給を実現する養殖業界にも、倫理観や健康への配慮といった観点が求められる時代へと突入しているのだとしたら……。
昨今、アニマルウェルフェアの観点から牛や豚や羊といった家畜においても人道的な扱いを実現するためのストレスのない飼育環境づくりや、抗生物質投与を減らす・なくす動きが盛んです。2000年代後半からは金網のなかに鶏やウズラを押し込めて飼育する、バタリーケージを禁止する動きがEU諸国やアメリカの一部の州、インド、ブータン、オーストラリアなどで広まりつつあります。
魚の養殖においても、本来であればストレスのない環境でのびのび育ち、化学合成された飼料添加物を排した餌を食べて生長する方がいいのかもしれません。ただ、すべての養殖現場でそれを実現させるというのも現実的ではありませんよね。
みなさんはどう思いますか?
養殖にオーガニックの観点を持ち込むのは不自然?
進化する養殖技術の手助けもあり、新鮮で豊富なネタが今日も市場から寿司店へと供給されています。その養殖のあり方に目を向けたくら寿司。食の安心安全や海洋資源の保護という観点から、国際基準の有機水産魚への挑戦をカタチにした同社のスピリットは、飲食業界にある種のカッティングエッジをもたらしたのではないでしょうか。ちなみに、私はそう信じたい側です。
21年の「オーガニックはまち」発表時、鯛やサーモン、かんぱちなど他の魚種への展開も視野に入れているとの展望を明かしていたKURAおさかなファーム。次なるオーガニックな寿司ネタがレーンを流れる日を心待ちにしたいと思います。
そうそう、こちらも期間限定ながらくら寿司の「オーガニックはまち」は、和歌山県由良町のふるさと納税返礼品としても登場しています。店舗で出会うことができなかった人は、ふるさと納税からアプローチしてみるのも一考かもしれませんよ。