パートナーシップの“燃え尽き”を防ぐ「オーセンティシティ」という処方箋
なんだか最近、パートナーといても心が満たされない。いや、むしろ少しずつ消耗しているような……。そんな漠然とした息苦しさを感じたことはないだろうか。それは、多忙な日々がもたらす一時的な疲れだけではないかもしれない。
じつは、もっとも身近なはずの存在であるパートナーとの関係性の中で、知らず知らずのうちに「自分らしさ」を抑え込み、心が燃え尽きかけているサインかもしれない。
仕事における“燃え尽き”はよく耳にするが、親密な関係性においても、心のエネルギーは枯渇する。では、どうすればこの見えにくい「関係性の燃え尽き」を回避し、より健全なパートナーシップを育むことができるのだろう。そのヒントは、オーセンティシティ。すなわち、「ありのままの自分でいること」にありそうだ。
「本当の自分」でいられないとき
関係は静かに摩耗する
なぜ、パートナーシップにおいて「自分らしさ」がそれほどまでに重要なのか。この問いに光を当てる研究がある。
心理学メディア「Psychology Today」が紹介する、トルコのMelike Kocyigit氏とMehmet Uzun 氏による2025年発表の研究だ。同研究は、600人以上の既婚者を対象に、感情のコントロール能力や、関係性のなかでどれだけ「本当の自分でいられるか」(オーセンティシティ)が、カップルの燃え尽きにどう影響するかを詳細に分析したもの。
結果は示唆に富む。まず、自身の感情の波をうまく乗りこなせないことは、関係性の燃え尽きを強く予測させる要因だった。これは直感的にも理解できるだろう。しかし、同研究がさらに踏み込んで明らかにしたのは、オーセンティシティの驚くべき役割。
関係性の中で「自分は自分らしくいられている」と感じられることは、感情のコントロールが苦手な人が抱えがちな燃え尽きの悪影響を和らげる、強力な緩衝材として機能するという。
特に注目すべきは、女性の場合、関係性のなかで自分らしさを欠くと、より燃え尽きやすい傾向が見られた点。そして、もっとも大きな影響が確認されたのは、子どもを持つ親、とりわけ複数の子どもを育てる親たちだった。
彼らがパートナーシップの中でオーセンティシティを失うと、燃え尽きのリスクが際立って高まることが明らかになった。いっぽう、子どもがいないカップルでは、この関連性はそれほど強くは見られなかったという。子育てという新たな役割が加わることで、「個」としての自分を保つことの重要性が、関係性の中でいっそう際立つのかもしれない。
気づかぬうちに「役割」に縛られていないか
現代社会を生きる私たちは、公私にわたり、じつに多くの「役割」を背負っている。有能なビジネスパーソン、理解ある友人、献身的なパートナー、そして理想的な親……。これらの役割期待に応えようとすればするほど、無意識のうちに「本当の自分」を抑圧し、感情に蓋をしてしまうことはないだろうか。
「ボストン コンサルティング グループ」の24年の調査では、世界の労働者の48%が燃え尽き状態にあると報告されており、これは決して他人事ではない数字。こうした職場の燃え尽きの根底には、自分らしさを発揮できない環境や、過剰な期待に応えようとするプレッシャーが潜んでいることが多い。
この構造は、そのままパートナーシップにも当てはまる。たとえば、出会いの場で相手の理想に合わせようと自分を脚色してしまったり、関係が長くなるにつれて「言っても無駄だ」「波風を立てたくない」と本音を飲み込むことが常態化したり。これらはすべて、オーセンティシティを少しずつ侵食していく行為と言える。
臨床心理学者のCortney Warren博士は、「Psychology Today」の記事の中で、「関係性の中でオーセンティシティを欠いている状態とは、あなたが誰であり、何を必要とし、何を望んでいるかについて、パートナーに対して正直でもオープンでもないことを意味します。それは多くの場合、自分自身に対しても正直ではないということ」だと指摘する。自分自身に嘘をつき続けることは、静かに、しかし確実に心の活力を奪っていく。
「ありのまま」の誤解を解き
心地よい関係性を育むために
では、関係性におけるオーセンティシティとは、単に「ありのままの自分をさらけ出す」ことなのだろうか。それは少し違うようだ。むしろ、自分自身の内なる声に耳を澄まし、感情や欲求を自覚すること。そして、それを伝える勇気と、相手のそれを受け止める度量を持つこと。この相互作用こそが、オーセンティシティを育む土壌となる。
前述のKocyigit氏とUzun氏の研究も、感情を調整するスキルを向上させ、よりオーセンティックな自己を育むことは、カップルが燃え尽きを経験する可能性を減らすのに役立つかもしれないと結論づけている。
感情の揺れ動きに気づき、それとうまく対話する方法を身につける。そして、ほんの少しずつでもいい、「私はこう感じている」「本当はこうしたい」と、パートナーに心の内を伝えてみる。その小さな一歩が、関係性をより深く、しなやかなものへと変えていくことになるはずだ。
完璧な人間関係も、常に100%オーセンティックでいられる状況も、現実には存在しないだろう。しかし、自分自身に誠実であろうと意識し、それを表現しようと試みることは、少なくとも「関係性のガス欠」という落とし穴を避けるための有効な手段となりうる。
情報が絶え間なく押し寄せ、多様な価値観が渦巻く現代だからこそ、もっとも身近な人との間で「本当の自分でいられる」という確かな感覚は、何物にも代えがたい精神的なアンカーとなるはずだ。自分らしさというコンパスを手に、変化の時代を共に航海していく。そんなパートナーシップのあり方が、今、求められているのかもしれない。