F1がK-POP化?ファンカルチャーに新潮流、時速300キロの熱狂
グランドスタンドは、まるで音楽フェスの最前列のような熱気に包まれている。
手作りのサインボードが掲げられ、チームカラーでコーディネートされたファッションに身を包んだファンたちが、友情の証としてブレスレットを交換する。これはポップアイドルのコンサート会場ではない。
世界最高峰のモータースポーツ、F1のレース現場で今、起きている光景だ。かつてはニッチで男性中心と見なされていたこのスポーツは、今やK-POPファンダムにも似た、熱狂的で感情的なファン層を惹きつけている。
ヘルメットの下の人間ドラマが火付け役
この変化の大きなきっかけとなったのが、Netflixのドキュメンタリーシリーズ『Drive to Survive』だといわれる。
このシリーズは、サーキット上の競争だけでなく、ヘルメットの下に隠されたドライバーたちのライバル関係や葛藤、挫折といった人間ドラマに焦点を当てた。
リアリティショーやVlogに慣れ親しんだZ世代にとって、それは完璧な入口だった。結果として、F1のファン層における女性の割合は41%にまで増加し、特に18歳から24歳の若い女性が急増したという。
長年のF1ファンでありK-POPファンでもあるGhia Hong氏は、昨年のシンガポールグランプリの体験を「インドネシアでNCT 127を観た時の経験に非常に近かった」と語る。
ファンが公式グッズで全身を固め、没入感のあるフォトゾーンやグッズの購入に熱狂する様子は、まさにK-POPのツアー会場そのものだ。
ドライバーはもはや単なるアスリートではなく、ファッションミューズであり、ミームの素材であり、そして多くのファンにとっての「アイドル」なのだ。
オンラインで増幅するファンダムの熱量
この新しいファンダムの熱狂は、オンライン空間でさらに増幅される。
ファンはレースの結果だけでなく、チーム無線のやり取りやパドックで交わされる視線の一つひとつを追いかけ、TikTokの編集動画やファンフィクションといった形で独自の物語を紡いでいく。
あるファンは、F1とK-POPの類似点を「複雑な人間関係を持つ“ホットな人々”が、強いプレッシャーのかかる状況で競い合うチームスポーツ」だと分析する。
この動きに、F1チーム側も敏感に反応し始めている。
かつて厳格だったライセンスルールを緩和し、SNSを通じてチームやドライバーがファンと直接対話する機会を増やした。
メルセデスAMG・ペトロナス・F1チームの広報責任者であるBradley Lord氏は、「ファンが制作した編集動画やミームをチーム内で回覧することもある」と明かす。
ファンが生み出すユーモアや創造性は、時に真剣になりすぎるチームに新たな視点を与え、オンラインでの振る舞いにも影響を与えているようだ。
未来のグリッドを夢見る少女たち
この感情的なファンダムの隆盛は、新たな希望も生み出している。
F1のグリッドに女性ドライバーが不在であるという現状が、逆にスポットライトの外で戦う女性たちへの関心を高めているのだ。
元ドライバーのSusie Wolff氏が主導する、若手女性ドライバーの育成を目的とした『F1アカデミー』は、その象徴的な存在。この取り組みは、未来のチャンピオンを育てるだけでなく、彼女たちの物語を伝えることで、ファンに新たな応援の対象を提供している。
「私たちが追いかけているのは、レーシングカーだけでなく、その背後にある人間の物語」とWolff氏は語る。
F1の未来は、マシンの速さや戦略の巧みさだけでなく、ドライバーとファンの間に生まれる感情的な繋がりによって、さらに豊かで多様なものへと進化していくのかもしれない。






