剣先が「見える」AR、世界200カ国放送のリーグへ

ライゾマティクス(Rhizomatiks)とDentsu Lab Tokyoが、フェンシングの剣先をリアルタイムで可視化するAR技術『Fencing Visualized』を、2026年4月25日に米国のプロリーグで初導入すると発表しました。14年の開発を経た日本発の技術が、世界の舞台へ踏み出します。

「速すぎて見えない」という壁

フェンシングに対して、多くの人が共通して抱く印象があるのではないでしょうか。「かっこいいけれど、何が起きているのかよくわからない」──そんな感覚です。実際、トップ選手の剣先は秒速数メートルという速度で動き、得点の瞬間すら肉眼では捉えきれないことが珍しくありません。審判でさえ電気信号による判定装置に頼っているほど。

この「見えなさ」は、長らくフェンシング観戦における最大のハードルでした。どれほど高度な駆け引きが繰り広げられていても、観客にはその妙技が伝わりにくい。スポーツの魅力は「プレーの凄さが直感的にわかること」に大きく左右されますから、これは競技の普及にとって本質的な課題だったと言えるでしょう。

『Yuki Ota Fencing Visualized Project』は、まさにこの壁を正面から打ち破ろうとする試みです。

14年かけて磨かれた技術

同プロジェクトの始まりは2012年にさかのぼります。以来、技術は段階的にアップデートを重ねてきました。現在のシステムでは、深層学習(ディープラーニング)を活用し、選手の身体や剣にマーカーを一切装着することなく、カメラ映像だけで剣先の位置をリアルタイムに検出。その軌跡をAR(拡張現実)として映像に合成する仕組みが実現されています。

精度を高めるために用意されたデータセットの規模にも驚かされます。同プロジェクトの発表によれば、8台のカメラと12人の選手、複数の背景照明条件のもとで撮影が行われ、20万枚以上の画像に対してアノテーション(画像への注釈付け)が施されたとのこと。こうした地道なデータ構築の積み重ねが、実戦レベルの検出精度を支えているわけです。

実試合への初導入は2019年、「エイブル Presents 第72回 全日本フェンシング選手権大会」でした。その後、2020年東京オリンピックの会場でも同技術が活用され、国内外から大きな注目を集めています。2023年には特許も登録済みで、発明者にはメディアアーティストの真鍋大度氏らが名を連ねています。

世界200カ国への「視覚革命」

今回の導入先であるWorld Fencing Leagueは、200以上の国と地域で放送される世界初のプロフェッショナル・フェンシングリーグです。会場はロサンゼルスのThe Shrine。同プロジェクトにとって、アメリカでの導入はこれが初めてとなります。

この展開が持つ意味は、単なる「海外進出」にとどまりません。これまで日本国内の大会やオリンピックという限定的な場で実証されてきた技術が、グローバルな商業リーグの放送インフラに組み込まれるということ。つまり、世界中の視聴者が「剣先の軌跡が見えるフェンシング」を日常的に体験できる時代の入り口に立ったと言えるのではないでしょうか。

近年、スポーツ中継におけるテクノロジー活用は急速に進んでいます。サッカーのVAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)やテニスのホークアイなど、判定精度を高める技術はすでに定着しました。しかし『Fencing Visualized』が目指しているのは、判定の補助ではなく「観戦体験そのものの拡張」。人間の知覚が追いつかない領域を、テクノロジーで補完して「魅せる」──この発想は、フェンシングに限らず、あらゆる高速競技の未来を変えうるポテンシャルを秘めていると感じます。

「結果」から「過程」を楽しむ時代へ

スポーツ観戦の楽しみ方は、時代とともに変化してきました。かつてはスコアボードを追いかけ、勝敗の行方に一喜一憂するのが主流だったかもしれません。けれど今、多くのファンが求めているのは「プロセスの美しさ」や「技術の奥深さ」を味わう体験ではないかと感じます。

剣先の軌跡が光の線となって画面に浮かび上がる瞬間、観客は初めて「あの一突きにどれほどの技巧が込められていたか」を目の当たりにすることになります。得点という結果だけでなく、そこに至るまでの身体の駆け引き、フェイントの妙、間合いの読み合い。これまで選手と審判だけが感じ取っていた競技の本質が、ようやく観る側にも開かれるのです。

日本発のクリエイティブテクノロジーが、14年の歳月を経て世界のスポーツエンターテインメントの最前線に立つ。この事実そのものが、ひとつの痛快な物語だと思います。4月25日、ロサンゼルスの会場で「見えなかった一瞬」が光に変わるとき、フェンシングという競技の景色は大きく変わるはずです。

Top image: © Photo: “Fencing Visualized Project” 2013〜 H.I.H. Prince Takamado Trophy JAL Presents, Fencing World Cup 2019,In collaboration with Dentsu Lab Tokyo
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。