「人は亡くなったら星になる」を、本当にした宇宙葬がある
2026年7月7日、七夕の夜。8名分の遺骨を載せた人工衛星「MAGOKORO号」が、SpaceXのFalcon 9ロケットで宇宙へ打ち上げられました。宇宙葬事業を手がける「SPACE NTK」によると、衛星に搭載されたのは遺骨だけではなかったそうです。
歌声のデータ、子どもが描いた絵、そしてギターのピック——。
遺骨だけではない
「想い」を載せた人工衛星

打上げが行われたのは、米国カリフォルニア州ヴァンデンバーグ宇宙軍基地。SpaceXの小型衛星相乗りミッション「Transporter-17」に搭載される形で、MAGOKORO号は地球の軌道上へと送り出されました。第3弾となる今回のミッションです。
搭載物のリストを見て、少し息を呑みました。8名分の遺骨に加えて、髪の毛数本、台湾の子どもたちの乳歯、メッセージカード、歌声を収めたSDカード3枚、ギターのピック、子どもが描いた絵画のポストカード。すべて無菌室で人工衛星に納められたといいます。
「宇宙葬」と聞くと、どこか壮大で、自分とは縁遠い話に感じるかもしれません。けれど、ギターのピック1枚、乳歯数本という搭載物のスケール感は、驚くほど私的で温かい。宇宙という途方もない空間と、手のひらに収まる小さな思い出の品。この落差にこそ、このサービスの本質がある気がしてなりません。
SPACE NTKはこの事業を「宇宙SOH」と名づけています。SOHには4つの漢字が重ねられていて、「葬」は大切な人を宇宙へ送ること、「想」は故人への想いを託すこと、「送」は未来に残したいものを届けること、「奏」は歌声や音楽を宇宙へ響かせること。弔いという行為を、ひとつの意味に閉じ込めない設計思想が見えてきます。
供養の場所は
夜空にもなり得る

代表取締役の葛西智子氏は、こんな言葉を残しています。「夜空を見上げたときに『あの人は今も宇宙から見守ってくれている』と思えることで、遺された方の心が少しでも救われる瞬間があるのではないか」。
この言葉が示しているのは、供養の「場所」の再発明かもしれません。日本では近年、墓じまいや散骨を選ぶ人が増えています。お墓を継ぐ人がいない、遠方の墓参りが負担になっている——そうした現実的な課題を抱えながらも、「それでも故人を想える場所は欲しい」という感情は消えない。その矛盾の間に、「夜空」という選択肢がそっと差し出されているわけです。
打上げ日が七夕だったことも、偶然とは思えない詩情を帯びています。織姫と彦星が天の川を越えて再会するという物語と、遺された人が夜空を見上げて故人に会いに行く行為。テクノロジーが古い伝承と重なる瞬間に、不思議な説得力が生まれます。
宇宙が、もっと身近になったからこそ

もうひとつ見逃せないのは、SpaceXの相乗りミッションという仕組みです。かつて宇宙へ何かを送るには莫大なコストが必要でしたが、Falcon 9のRideshare(相乗り)プログラムによって小型衛星の打上げコストは大幅に下がりました。宇宙葬が一部の富裕層だけのものではなくなりつつある背景には、こうした商業宇宙輸送の民主化があります。
もちろん、まだ誰もが気軽に選べる価格帯とは言い切れないでしょうし、軌道上の衛星がいつまで存在し続けるのかという問いも残ります。次回のMAGOKORO号打上げは2027年後半を予定しているとのこと。葬儀社や寺院、自治体、さらにはアーティストとの共同プロジェクトも視野に入れているそうです。
「人は亡くなったら星になる」。昔から繰り返されてきたこの言葉が、比喩ではなく事実になる時代が来ています。お墓に手を合わせる代わりに、夜空を見上げる。その行為が「弔いの終わり」ではなく「故人との物語の続き」になるのだとしたら、私たちの供養観は静かに、でも確実に変わり始めているのかもしれません。






