現代アートを和菓子で「再現」──食べた瞬間に消える、もうひとつの作品

Paceギャラリー東京で始まった画家ウィリアム・モンクの日本初個展。その会期初日に、ちょっと信じがたい光景が広がっていました。「株式会社はらぺこ」が運営する茶寮「九九九」の発表によると、壁の油彩画と寸分違わぬ色彩が、練り切りの上に載っていたのです。

印象の翻訳ではなく
素材の移し替え

ピンク色の抽象絵画の前に、その色彩と形態を忠実に再現した練り切りの和菓子を小皿に載せて掲げている様子
© William Monk, courtesy Pace Gallery

和菓子とアートのコラボレーション自体は、近年そこまで珍しくありません。季節の花をモチーフにした練り切りが「まるでアート」と称されることも増えました。けれど今回の九九九のアプローチは、その延長線上にはないように感じます。

和菓子職人の藤田凱斗さんが掲げた方針は、モンクの絵画作品の「イメージ」として解釈するのではなく、「作品そのものを和菓子で再現する」こと。つまり、絵から受けた印象を和菓子的に翻訳するのではなく、絵画そのものをメディア変換する——彫刻家が石膏からブロンズに素材を移すように、キャンバスの油彩を餡と米粉に移し替えるという宣言です。

この一線の引き方に、正直なところ驚きました。和菓子は数時間もすれば乾き、食べれば消えます。一方、モンクの絵画は何十年と残り続ける。永続するメディアの作品を、消失するメディアで「そのまま」再現するという矛盾。でも、その矛盾にこそ、このイベントの核があるのかもしれません。

食べた瞬間「再現」は消える

ギャラリー内のカウンターで白衣の和菓子職人たちが練り切りを仕上げている制作風景。壁面には複数の絵画作品が掛かっている
© 株式会社はらぺこ

会場では、来場者が目の前の和菓子と壁面の絵画を見比べながら、制作背景や表現方法について自然に語り合う光景が生まれたそうです。モンク本人もオンラインでトークセッションに参加し、来場者との対話が実現しました。

興味深いのは、来場者の多くが絵画と和菓子を並べて撮影し、SNSに投稿していたという点です。美術館で作品を撮影する行為はもはや日常ですが、「作品の隣に、その作品を再現した食べ物を置いて撮る」という体験は、鑑賞の回路をまったく別のものに変えてしまいます。見て、撮って、そして食べる。食べた瞬間に「再現」は消え、残るのは味覚の記憶と、壁に掛かったオリジナルだけ。

茶道でいう一期一会の思想が、現代アートのギャラリーという場で、こんなかたちで立ち上がるとは思いませんでした。

パティシエ志望が和菓子で絵画を写すまで

藤田凱斗さんのキャリアも、この「越境」の物語と重なります。三重県立相可高校——ドラマ『高校生レストラン』のモデルとして知られるあの学校の食物調理科出身で、もともとはフランス菓子のパティシエを志していたとのこと。そこから和菓子職人へと転向し、地元の老舗「夢菓子工房 ことよ」で修業を積みました。

西洋菓子の精密さを知る人が和菓子の世界に入り、今度は西洋現代絵画を和菓子で再現する。この行き来そのものが、ひとつの文化的往復運動のようです。九九九はオープンからわずか10ヶ月でミシュランガイド東京2026のクリエイティブ部門にセレクテッドレストランとして掲載されており、藤田さんの技術が「お菓子」の枠を超えた表現として評価されていることがうかがえます。

九九九は今回のイベントを経て、和菓子が「文化と文化をつなぐ表現のメディア」になり得ると実感したと発表しています。今後もアートやカルチャー領域とのコラボレーションを続けていく方針だそうです。

私たちは普段、練り切りを「きれいなお菓子」として眺め、口に運び、それで終わりにしてしまいがちです。でも、あの小さな球体に込められた造形の精度は、考えてみれば彫刻のそれと何が違うのでしょうか。違いがあるとすれば、それは「食べたら消える」ということだけ。そしてその「消える」という性質こそが、もしかすると最も贅沢な鑑賞体験なのかもしれません。

Top image: © William Monk, courtesy Pace Gallery
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