チャップリンが文楽になる。100年越しに出会う「声なき身体表現」
2026年7月18日、国立文楽劇場でチャップリンの名作映画『街の灯』を原作とした新作文楽『まちの灯』が世界初演されました。サイレント映画と人形浄瑠璃──「声なき身体」で人の心を動かしてきた2つの表現が、約100年の時差を超えて出会い直す企画です。
パンにフォークを差して踊らせた「足」

今回の公演で人形監修と主役・与次郎を務める桐竹勘十郎は、取材会でこんなエピソードを明かしています。
まだ足遣い(人形の足を操る修業段階の役割)だった頃、チャップリンの『黄金狂時代』を観たそうです。パンにフォークを2本差し、まるで小さな足のように踊らせるあの有名なシーン。映画俳優のパントマイムが見せる足さばきのあまりの見事さに、人形の足を遣う自分が恥ずかしくなった──と。
この告白に、正直なところ一番驚きました。人形浄瑠璃の最高峰に立つ人が、ジャンルも時代もまったく異なる表現者の身体技術に「負けた」と感じる瞬間があったということ。それは同時に、サイレント映画のパントマイムと文楽の人形遣いが、「声なき身体で感情を伝える」という同じ土俵の上にいることの証明でもあります。
脚本・演出を手がける大野裕之氏は、チャップリン研究家であると同時に長年の文楽愛好家。「完全にチャップリンであり、完全に文楽である」作品を目指すと語っています。どちらかに寄せるのではなく、両方の純度を100%にするという宣言は無茶に聞こえるかもしれません。けれど、2つの表現が本質的に同じ身体言語を共有しているのだとしたら、それは矛盾ではなく必然なのかもしれません。
平均律と義太夫節、2つの音楽脳
もうひとつ見逃せない存在が、作曲を担当する鶴澤友之助です。もともと西洋音楽の楽器を演奏していた経歴を持ち、文楽に入った当初は平均律(西洋音楽の音階体系)に慣れた耳が義太夫節の音程になかなか馴染めなかったといいます。
しかし年月を経て、平均律の脳と義太夫節の脳、「2つの音楽脳」ができたと感じるようになった。今回の作曲では、チャップリン映画のオリジナル音楽を「匂わせる」旋律をわずかに忍ばせつつも、基本的には完全に古典の義太夫節として仕上げたそうです。「奇抜ではなく斬新であるように、義太夫節の中に自然に溶け込むように」という言葉が印象的でした。異なる音楽体系を翻訳できる人がいなければ、この企画は成立しなかったはずです。
TikTokと文楽は地続きかもしれない
補綴(ほてつ=原作を浄瑠璃の詞章に整える作業)を担う豊竹若太夫は、改めて映画を観直して『街の灯』の本質は「無償の愛、究極の愛」だと感じたと語っています。だからこそ100年近く経っても色褪せない。そして「今まで文楽にまったく関心がなかった人も大きな興味を示している」とも。
サイレント映画も文楽も、多くの人にとっては「名前は知っているけれど観たことがない」存在かもしれません。でも考えてみると、TikTokやリール動画でセリフなしの数秒間に笑いや切なさを詰め込む──あの感覚は、チャップリンのパントマイムや文楽の人形の所作と、案外地続きではないでしょうか。「声なき身体表現」の系譜は途切れていたのではなく、形を変えて私たちのスマートフォンの中にまで届いている。そう思うと、この夏の大阪で起きようとしていることが、少しだけ自分ごとに感じられてくる気がしてなりません。
Bunraku Summer Festival 新作文楽『まちの灯』
【会場】国立文楽劇場(大阪市)
【期間】2026年7月18日(土)〜8月9日(日)※7月23日・31日は休演
【開演】18:00(20:25終演予定)
【演目】『寿柱立万歳』/『まちの灯』
【料金】全席均一 一般6,000円/学生4,200円
【主催】公益財団法人文楽協会
【協力】独立行政法人日本芸術文化振興会






