悲劇を“体験”として消費する。ダークツーリズムの危うい境界線
犯罪ドキュメンタリーを観ながら夕食をとる——そんな夜に覚えがある人は少なくないはずです。
では、その「語り手」が犯罪者本人で、舞台が実際の現場で、しかもランチまで付いてきたら? この夏スペインで起きた出来事は、私たちの「犯罪コンテンツ消費」に思わぬ鏡を突きつけました。
密売人本人がボートに乗せ
犯罪の海を案内する
「The Independent」が報じたのは、スペイン北西部ガリシア地方の大物麻薬密売人、ラウレアーノ・オウビーニャが自ら立ち上げた観光ツアーの話です。
アロウサ入り江をボートで巡りながら、かつて麻薬が行き交った場所を本人の口から語る。食事付き。まるでグルメクルーズのような体裁ですが、案内されるのは密輸の記憶です。
このツアーはほどなくガリシア州政府によって観光法違反として禁止されました。けれど問題の核は「違法かどうか」より手前にあります。加害者本人が、自分の犯罪の舞台を商品として売る——その行為が成立してしまう土壌が、すでに私たちの社会にあるということです。
追悼の場が「映えスポット」になるとき
死や暴力にまつわる場所を訪れる行為は「ダークツーリズム」と呼ばれ、以前から存在していました。
アウシュヴィッツ強制収容所への訪問、アルカトラズ刑務所の見学、コロンビアで麻薬王パブロ・エスコバルの足跡をたどるツアー、ロンドンの切り裂きジャック散歩コース。サン・ホルヘ大学で犯罪学を研究するホルヘ・グラシア・イバニェス教授は、これらを同じ「ダークツーリズム」と括りつつも、本質的に大きく異なると指摘しています。
アウシュヴィッツは追悼と教育のために保存された場所です。一方、切り裂きジャックツアーはエンターテインメントに近い。そしてオウビーニャのツアーは、さらにその先——加害者自身が語り手となり、犯罪の記憶を一人称で「体験商品」に変えた、ダークツーリズムの危うさを象徴するようなケースでした。
メキシコシティでは、ウニオン・テピート・カルテルが活動するテピート地区を地元当局が案内する「テピツアー」が、偏見を解くための試みとして運営されています。スペイン国内でも内戦の戦場跡やゲルニカへの訪問ルートが増えています。
経済振興や歴史の継承に貢献する側面がある一方で、もともと哀悼や癒しのためにつくられた場所が、観光客の自撮りスポットになってしまうリスクも現実に起きています。
画面の向こうの「消費」を
自分ごとにする
日本に暮らす私たちにとって、ガリシアの密売ツアーは遠い話に聞こえるかもしれません。
でも、実録犯罪のポッドキャストを通勤中に聴き、ドキュメンタリーを「おすすめ」に従って次々と再生する日常は、すでに多くの人にとって当たり前になっています。
犯罪の物語を消費すること自体が悪いわけではないでしょう。問題は、その物語の中に被害者がいることを忘れてしまう瞬間です。オウビーニャのツアーが私たちに突きつけたのは、「誰の視点で語られているか」を問わずにコンテンツを飲み込んでいないか、という問いではないでしょうか。
ランチ付きの犯罪ツアーは禁止されました。けれど、画面越しの「ランチ付き犯罪体験」は、今夜もあなたのホーム画面に並んでいるかもしれません。






