地下1.1kmが「農地」になる。英国で世界最深の垂直農場が始動

宇宙の正体不明な物質「暗黒物質(ダークマター)」を追いかける研究所が、同じ坑道で野菜を育て始める——そう聞いたとき、SFの設定かと思いました。でもこれは、2026年7月にシェフィールド大学が発表した、れっきとした実証プロジェクトの話です。

宇宙の謎を追う暗闇が「畑」になる理由

シェフィールド大学と、社会課題に取り組む食品生産者Farm Urbanが共同で開設するのは、地下1.1kmに位置する「世界最深の垂直農場」。

場所は、英国ノース・ヨークシャー州にあるSTFCボールビー地下研究所です。ここは稼働中のポリハライト・岩塩鉱山の内部にあり、ふだんは宇宙から降り注ぐ放射線を遮断できる環境を活かして、暗黒物質やニュートリノといった素粒子の研究が行われています。

なぜ、そんな場所で農業なのか。答えは「安定」にあります。

地下1.1kmの環境は、気温がほぼ一定。地上のように猛暑や寒波に振り回されることがありません。しかも照明や換気といったインフラがすでに整っているため、垂直農法(室内で作物を棚状に積み上げて栽培する手法)の最大の弱点である「エネルギーコストの高さ」を大幅に抑えられる可能性があるのです。

12か月で出す「世界初の答え」

地下で作物を育てるアイデア自体は、実は以前から存在していました。けれど、それが本当に商業ベースで成り立つのかを示す実証データは、ほとんどなかったといいます。

同大学の制御環境農業グループ共同リーダー、ジェイコブ・ニクルズ氏はこう語っています。「地下農業のアイデアは新しくない。しかし、実際にどう機能するかを示す実世界のエビデンスはほとんどない。我々はまさにそれを行う」。

研究期間は12か月。採掘活動に伴う塩分や熱といった課題もあるなかで、極端な深さでの栽培が本当に実現可能かどうか、世界で初めてデータで検証します。

廃坑が「食のインフラ」に変わるとき

このプロジェクトが面白いのは、単なる農業実験にとどまらない点です。

英国には数千もの廃坑があり、その多くは経済的に厳しい地域に位置しています。もし地下農業が成立すれば、こうした産業遺構が新鮮な農産物の生産拠点に生まれ変わり、地域に雇用と食を届けるハブになりうる。ニクルズ氏は「遺産サイトに新たな命を吹き込むことができる」と展望を示しています。

気候変動で天候が読めなくなる時代に、地下という「天候に左右されない空間」で食料をつくる。しかも新たに土地を開発するのではなく、すでにある穴を使う。この発想の転換には、思わず膝を打ちたくなります。

日本にも、閉山した鉱山や使われなくなった地下空間は少なくありません。食料自給率の低さと気候リスクを同時に抱えるこの国にとって、「足元の暗闇」が未来の食卓を支える——そんな可能性は、決して他人事ではないのかもしれません。

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