氷河の内部で何が起きている?光ファイバーが可視化する「見えない亀裂」

私たちの自宅やオフィスに高速インターネットを届けている光ファイバーケーブル。あの細いガラスの線が、アルプスの氷河では「崩壊の前兆」を聴き取るセンサーとして働きはじめています。

通信インフラが「氷の聴診器」に

スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH Zürich)のTom Hudson氏らの研究チームが舞台に選んだのは、スイスで2番目に大きいゴルナー氷河です。

チームはこの氷河のクレバス帯、つまり巨大な亀裂が走る危険地帯に、光ファイバーケーブルを格子状に張り巡らせました。

使われたのは「分散音響センシング」と呼ばれる技術。光ファイバーの中を通るレーザー光のわずかな乱れから、ケーブル周辺の振動を連続的に拾い上げる仕組みです。

いわば、通信用の管を地球の聴診器に転用したようなもの。この手法で、氷河の亀裂が開くときに発生する小さな地震、いわゆる「氷震」を951件も検知・位置特定することに成功しました。

この成果は2025年4月、アメリカ地震学会の年次総会で報告されています。

ケーブルが氷に
「溶けて凍る」好条件

過酷な氷河の上に精密機器を置くのは、そもそも至難の業です。従来の地震計では、クレバスだらけの環境に設置すること自体が危険でした。

ところが光ファイバーには思わぬ味方がいました。自然そのものです。

日中、太陽に温められた黒いケーブルが氷の表面をわずかに溶かして沈み込み、夜の冷え込みで再び凍りつく。Hudson氏はこれを「おそらく望みうる最良の密着状態」と表現しています。

テクノロジーが自然のリズムと文字通り一体化して機能する。この偶然のような必然が、研究を支えていました。

氷河の亀裂が問いかけること

従来の地震計と比べて、光ファイバーが提供したデータ量はおよそ20倍。さらに数時間から数日にわたる低い周波数の信号まで拾えるため、氷がゆっくりたわんでいく変化も追えるといいます。

なぜこれが重要なのか。氷河にできる亀裂は、溶けた水を岩盤まで届ける通り道になります。水が岩盤に達すると氷河の滑りが加速し、融解がさらに進む。つまりクレバスの動きを早い段階で捉えることは、氷河崩壊のリスクを先読みすることにつながるのです。

Hudson氏は今後、光ファイバーのデータから氷河内部の3D画像を構築し、亀裂の範囲や密度を定量化したいと語っています。さらにこの技術は、CO2を地中に閉じ込める炭素貯留や、地熱発電の岩盤監視にも応用できる可能性があるとのこと。

日本に暮らす私たちにとって、光ファイバーは「速いネット回線」の代名詞です。でもその同じ技術が、地球のどこかで氷の悲鳴を拾い、災害の予兆を読み解こうとしている。身近なインフラの意味が静かに書き換わっていることに、少しだけ目を向けてみてもいいかもしれません。

Top image: © iStock.com / Pavel Gorshkov
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