「おいしい」で人と人をつなげたい。サラリーマンだったぼくらが、「八百屋」になった理由
2011年に開業した『青果ミコト屋』は、横浜市青葉区に拠点がある無店舗型の八百屋。サラリーマンだった青年2人が、なぜ自然栽培の野菜を扱う八百屋へと転身したのか。迷いや葛藤を経て、自立するまでのエピソードを紹介します。
八百屋になることを決意した一番のきっかけは、「ネパールで食べたある果物」だったそう。
旅先で出会った
小さな「リンゴ」が
人生を大きく変えた
ぼく、鈴木鉄平と山代徹は、高校の同級生。同じサッカー部、同じバイト、同じ休日、親や彼女よりも長い時間を過ごしていました。大学卒業後、偶然同じ会社に就職。「男の甲斐性はお金を稼ぐこと」になり、朝から晩まで取り憑かれたように働きました。でも、何かが物足りない。「豊かさって何だ?」「人生って?」「幸せって?」「稼ぐって?」そんなクエスチョンだらけの毎日に嫌気がさしてしまったぼくたちは、その答えを「旅」に求めました。26歳の時でした。
お金をたくさん持っていることだけが豊かさではないってこと。それを知るために訪れた旅先のひとつが、ネパール。勢いで決めたアンナプルナ(ヒマラヤ山脈に属する山郡)のトレッキングは、想像以上に過酷でした。風は冷たく日差しも容赦ない。そんなとき出会ったグルン族のおばあさんが、頭に担いだカゴから取り出したのは、小さな薄紅色のリンゴ。何かを食べてこんなに感動したのは初めての経験でした。
これをきっかけに、「普段、何気なく口にする食べものは一体どこから来ているんだろう?」「今日食べたお米や野菜は、どうやって育てたんだろう?」と考えるように。食べものが育つリアルな現場を見たくなり、さらには自分の手で「土に触れたい」と思いはじめたのです。
2年間の農業研修が終了
でも、農家にはならなかった
思えば道は開けるものです。
近所にあったライフスタイル提案型ショップ「ナチュラルハーモニー」の代表に頼み込み、農業研修生として受け入れを嘆願しました。そして、2007年の春、千葉県成田市にある筋金入りの自然栽培農家で修業させてもらえることに。師匠の手ほどきがあっても、なかなか思い通りにならないのが自然の理。ひょろ長いニンジンや、ひん曲がった大根など、自分でまいた種が野菜の姿になるまでの過程は、いろんな気づきを与えてくれました。
それからも様々な経験をさせてもらいましたが、ぼくらは「耕す人」という道を選びませんでした。農薬や肥料を使わず、丹誠込めて育てた野菜も、大きさや色、キズなど、見た目が少しでも規格に合わなければ、既存の流通では買い叩かれるという現実を知ったからです。
農家と消費者の架け橋になる
自宅兼事務所で始めた「八百屋」
こういった問題を解決するには、農家さんだけでなく、消費者、そしてその架け橋となる流通が変わらなければいけない。それが、ぼくたちが八百屋になろうと思った経緯です。
見た目が悪くて売れないのなら、不細工な野菜でも受け入れる八百屋になろう。このふぞろいこそが自然な姿だ、それは個性だ、と伝えてまわる八百屋になろう。それは農家さんが育てた野菜に、畑の情景や人柄、ストーリーをのせて食卓に届けることであり、消費者の正直な感想を農家さんへフィードバックすることでもあります。今までにない、オルタナティブな八百屋になろう。そう思ったのです。
とはいえ、実際どうしたらいいものか?はたと考え込みました。
まずは、自宅の一室を改装して事務所にし、「野菜のセレクトショップ」と称して、定期宅配をスタート。ツテのあった1、2軒の農家さんから野菜を仕入れ、セットを組み、友人知人など、約30件の契約先に野菜を届けたのです。そうすれば、食べ方の提案ができたり、その場で質問や要望も受けられる。きっと、スーパーで買うよりも、野菜が身近になると思いました。サザエさんに出てくるさぶちゃんみたいに「ちわーす!三河屋でーす!」って感じの、地域の御用聞きみたいな存在を目指しました。
自然栽培の野菜を
スタンダードにするために
自然栽培にはきちんとした定義がなく、ぼくたちなりの捉え方でいうと、野菜や土が本来もっている力を最大限に引き出し、農薬はもちろん、肥料すら使わずに作物を育てる栽培方法。よって、野菜は自分の体を自分で守る力を育みます。肥料を与えない代わりに、自ら深く根を張り、養分をとる力を育むのです。
自然栽培とかオーガニックというと「厳格なナチュラリストだ!」「小難しいスピリチュアルな人だ!」という印象があって、敬遠されてしまうことも。結局、自然栽培の野菜は、”限られた一部の人たちの嗜好品”という範疇を超えてくれない。どうしたらこの野菜たちが、ぼくたちと同世代の若者にも気軽に楽しめる存在になれるのか?これが最も大切なテーマです。
自分たちが好きな野菜を、誰にでも身近に食べてもらえる”スタンダードなもの”にしたいと思っています。ぼくらのような民衆レベルからの底上げがない限り、いつまでたっても、自然栽培やオーガニックがメインストリームに乗っかることはないと思ったのです。
そこでぼくたちは、音楽やアート、スポーツ、ファッション、クラフトなど、食以外のパートナーと一緒に発信することにしました。なぜなら、ジャンルは違えど、根底では”いいもの”という価値観で必ずつながれるからです。野菜の並べ方や什器選び、パンフレットのビジュアルなんかにも気を遣い、販売でも土臭いイメージが出過ぎないよう工夫しました。
出店を考える際は、売れるか売れないかよりも、まず自分たちが「ワクワクするかどうか」を大切にしています。そうしたトライ&エラーの延長線上に、今の『青果ミコト屋』があるのだと思っています。
『旅する八百屋』
「1 旅のはじまり」より抜粋コンテンツ提供元:アノニマ・スタジオ
Photo by : 新井”Lai”政廣(Sun Talk)(リンゴの写真以外)
ともに1979年生まれの2人が立ち上げた小さな八百屋。自然栽培を中心とした旬のおいしいオーガニック野菜を取り扱う。"ミコト屋号”という古いキャンピングカーで、日本全国の生産現場に足を運ぶ。店舗を持たず、定期宅配と移動販売が中心。マルシェやイベントなどにも多数出店している。青果ミコト屋webサイト:http://micotoya.com/