リオ五輪閉幕後のステキな「施設再利用プラン」歓喜の会場は子どもたちの学び舎へ

南米初の五輪は2016年8月21日(日本時間22日)、熱戦に幕を下ろした。来月7日からはパラリンピックが開幕するが、歓喜と感動を生んだ会場は、その後どう生まれ変わるのか?五輪開催都市の過去の反省から、リオ市は将来的なビジョンを早期に打ち出していた。

大会後、ハンドボール会場は
4つの学校に姿を変える

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記録的メダルラッシュに沸いた柔道、レスリングの会場「カリオカアリーナ」をはじめ、幾つかの施設は五輪トレーニングセンターとして、選手育成の拠点となる予定されているが、とりわけ注目の施設が、「フューチャーアリーナ」だ。

ハンドボール会場として、パラリンピックではゴールボールが開催される12,000人収容のフューチャーアリーナは、大会終了後に分解され、リオ市内4つの地域に移築され、公共小学校として生まれ変わる予定だという。

建設当初より、この移築案を提案してきたのは開催都市のリオ。教育環境の充実を求める市民の声に応えるかたちで建設が進められた。移築ありきのため設計はシンプルな構造、資材は取り外しがしやすいボルト留。屋根や鉄骨梁などそのまま再利用することで、移設までの追加費用も3割程度で抑えられるそうだ。

この肝入りプロジェクトは、「ノマディック・アーキテクチャー」と称され、五輪後も約2,000人の子どもたちに恩恵が受け継がれることを狙いとしたもの。また、“かつて五輪会場だった学び舎”は、子どもたちのモチベーションや誇りにもつながる。と、リオ五輪組織委員会会長カルロス・ヌズマン氏は、施設の持続可能な活用法を「オリンピック公式サイト」で強調した。

未来へのトランスフォーム
“無用の長物”で終わらせない

五輪会場の建設責任を負う機関「Municipal Olympic Company」も、閉会後の利用法について、すでに全世界へ向けてプランを発表。

「競技のためだけに五輪を準備してきた訳じゃありません。我々はここリオを未来へトランスフォームさせるために動いてきたんです」。

オリンピックは、ただコンクリート造の建造物を、遺産のように残すためにあるんじゃない。リオデジャネイロ市が直面している教育面でのインフラ整備、また世界に通用するスポーツ選手の育成に、きちんと施設を活かしていきたい。CEOのジョアキン・モンテイロ氏は声明のなかで、力強くこう表明した。

肝心なのは五輪後の利用法
長期的活用に見る未来

開催国の威信をかけた施設投資の高騰は、近年の環境問題やエコトレンドの流れで徐々に縮小化の方向を示している(新国立競技場の総工費では迷走したが)。よりコストを抑えたオリンピックを──、それがスタンダードとなりつつある背景には、開催都市の財政負担が後々まで重荷となる現状が少なからずあるからだ。

たとえば、2004年アテネオリンピックの開催都市ギリシャは、11年後に財政破綻をきたし、欧州危機の発端となってしまった。五輪で使用された複合施設は、もはや利用されることもなく、廃墟と化した写真をメディアで目にした人も多いはず。また、『オリンピック過去の亡霊』と題して「REUTERS」が特集を組んだ、北京五輪(2008年)の画像を見ても同じことが言える。

五輪後の施設を有効活用するための施策、そこに開催都市としてのアイデンティティが希薄だと、世界から「ホワイトエレファント(無用の長物)」と揶揄されてしまっても仕方ない。

2020年、次はいよいよ東京。世界をあっと驚かせる“おもてなし”と同時に、五輪後もその施設が永続的にどう利用されるべきか。4年後だけでなく未来へ向けて、僕たちもまたワクワクしたい。

Reference:Olympics, REUTERS
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