北カリフォルニアで出会った、ある老夫婦とオーガニックライフの話
Al(エル)とMineca(ミネカ)は、カルフォルニアの北部に住んでいる老夫婦。
エルはもうすぐ80歳で、北部に移る前は都市部で働くサラリーマンだった。ミネカも同じく街で働いていて、彼と出会ったときにはすでに40歳を超えていたそう。そんなふたりは、パートナーとして生活を共にすることにした。
仕事に追われる毎日に、精神的にも肉体的にも疲労していたのだ。エルは50歳のときに仕事を捨て、ミネカと共にゆったりとした暮らしをすることを決断。彼女にとってはこれが最大のプロポーズだった。
自分たちの手で土地を耕し、自宅も建てた。
ふたりが作る「有機ワイン」は
地元でも人気に
当時、ふたりは有機野菜栽培と有機ヴィンヤード(ブドウ園)を営んでいた。毎週土曜に行われるファーマーズマーケットと直接契約をしているレストランへワインを卸し、その売り上げで生計を立てていた。
ファーマーズマーケットは、車で山を下り、約1時間の市街地にある。1週間に1度の大仕事だ。地元の人が、野菜やワインを買い求めにくる。また、ふたりだけで営んでいるため、風邪や病気で休んでる暇はない。地元で唯一の有機ワインの生産者で、かつ昼夜の寒暖差を利用したレタス栽培がとても人気だったのだ。良質な有機ワインを製造している、とカルフォルニア大学から栄誉証書されたこともある。
表彰されたときのエルと教授の写真が、ワイン工房に飾ってあった。エルは、決して長くやっていたわけではないワイン造りを高く評価してもらえたことに、とても誇りを持っていた。
糖尿病をきっかけに
食生活を見直した
ミネカは、北部に移り住んだ当初から糖尿病を患っていた。そのため、日々の血糖値と薬物コントロールは、欠かせない状態。しかし彼女の糖尿病がこの程度で済んだのは、あのときエルが「ここに住もう」と提案してくれたからだ。
いまでは、40年以上も焼いてなかったパンも焼くし、毎食が手料理。
「ふたりの時間があることに感謝しているし、糖尿病をきっかけに自分の食生活も見直すようになったわ。当時はオーガニックっていう言葉も、今みたいに有名じゃなかったけど、出会えて良かったって、本当にそう思ってるの」
2013年の夏
私はふたりのファームを訪ねた
彼らはWWOOF(World Wide Opportunity of Organic Farm)と呼ばれるNGO団体に登録している。
有機農場の体験プログラムとして「無報酬で仕事をする代わりに、宿泊費と食費は無料で提供される」というものだ。
WWOOFはロンドンから始まり、2015年時点では、日本を含め60か国に広がっている。経験したい、行ってみたい、という国のWWOOFに登録し、契約している有機農家と直接コンタクトを取るシステムだ。
私は2013年の夏、彼らの農場を訪ねた。夏場でも朝は10℃前後、日中は30℃と、朝夕の寒暖差を強く感じる土地だった。
ふたりの「ヴィンヤード」は
新しい家族の手へ
カルフォルニア北部は冬になると雪に覆われ、市街地に下るのは不可能になる。買い物も一ヶ月に数回だけくる、大型スーパーからの購入配達に頼るしかない。
また糖尿病を抱えるミネカは、車で30分かけて通院していることも懸念していた。除雪してメイン道路に出るまでの私道も長く困難で「冬はとても閉鎖的なんだ」とも話していた。冬はWWOOFのヘルパーも皆無で、高齢化していくふたりにとっても便宜性と肉体的な問題で、その土地を手放すことを数年のうちに考えている、とも。
日本に帰国してからも、たびたび有機野菜のことをシェアしたく連絡を取っていたが、つい先日、市街地や病院にも15分以内で行ける新たな2エーカーの土地へ移り、ふたりのためだけの有機栽培をし、ゆったり暮らしていると話してくれた。
ヴィンヤードがあった土地は現在、新しい若い家族によって、いまも継続している。1年間、その家族に住み込んでもらい、有機のノウハウを教え、彼らにその土地を売ったのだそう。
ミネカからのメールには、こうも書かれていた。
「たとえ形は変わっても、自分たちが築いたものが続いていくことに幸せを感じている」
と。
この商品は、どんな背景で
生産されたのだろう?
現在、有機農場だけに限らず、農業全体における人力不足と高齢化は、深刻な問題になっている。
また、アメリカ都市部の富裕層の有機物の購買はスタンダードになりつつあるが、貧民層での需要は少なく、まだまだ農薬や化学肥料を使用したものを食べざるを得ない。
オーガニックを安価にする方法は、供給を増やすことだろう。
陳列された商品が「有機物」と「農薬などによって栽培された食物」であったら、どちらを選ぶだろう。「オーガニック」と謳われてなくても、無農薬や特別栽培で、なるべく化学肥料を使わずに農業を行っている農家さんは、みなさんの周りにもたくさんある。
また、多くの人にオーガニックのことを知ってもらうことで、その商品の購入だけにとどまらず、「どんな背景でこの商品が生産されたのだろう」と考えると、きっと生産者の想いが伝わってくるはずだ。
私も、このふたりとの出会いをきっかけに、日本の有機生産や普及率はどうなっているのだろうと、疑問を持つようになった。いま、日本の有機・オーガニックの普及率は、先進国のなかでも最下位だ。アメリカでは、2015年の食品市場を占めるオーガニック・有機食品の割合は5%となり、青果物に関してはカテゴリー最大の13%となった。
エルとミネカのことを思い出すと、こう考えてしまう。アメリカは、ふたりのような小さな地方の有機農家がファーマーズマーケットで活躍することで、富裕層だけでなく、市民にまでオーガニックの良さが浸透していったのだろう、と。