活版印刷の名刺を作りたい。
最近、フリーランスで仕事をしている方や個人店を経営している方のなかで、名刺やショップカードを活版印刷で作る方が増えています。
私が「Bird Design Letterpress」と出会ったのも、独立してライターをするにあたって活版印刷の名刺を作っていただいたことがきっかけでした。
システムエンジニアから
活版印刷の道へ
東京都あきる野市にスタジオを構えるBird Design Letterpress。市倉郁倫さんと淑子さんご夫婦が立ち上げた活版印刷ブランドです。
元々お二人は同じ会社で働いており、郁倫さんはDTPのシステムエンジニア、淑子さんはDTP業務に携わっていました。
「でも、仕事の現場で活版印刷機を目にする機会はなかったんです」
と淑子さん。
そもそもDTPに関わっていたお二人が、なぜ時代に逆行するように活版印刷の道を選ぶことになったのでしょうか。
「DTP業界で十数年働いたあと、一度休憩しようと世界一周旅行に出かけたのです。日本に戻ってから独立して仕事をする際に、妻が活版印刷の名刺を作ってきてくれたことをきっかけに活版印刷を始めました」
と郁倫さん。
郁倫さんはフリーランスとしてWebデザインやプログラム開発をする傍ら、活版印刷の美しさを多くの人に知ってもらうために、活版印刷のデザインも行うようになります。最初は印刷を外注していましたが、地元の印刷会社から使わなくなった活版印刷機を譲り受けたのを機に、自分たちでデザインから印刷までを手がけるようになりました。
2010年、Bird Design Letterpressとしてのスタートです。
理想を実現するための
「新しい活版印刷」
ディープレリーフ樹脂凸版で活版印刷された寒中見舞い(写真提供:Bird Design)。
もちろん、最初から今のような理想の印刷ができていたわけではありません。だからといって、やみくもに進んできたわけでもありません。郁倫さんは、ブランドを立ち上げてからのことを振り返って言います。
「これまでの過程は、目指したい印刷を実現するためのステップとしての”必然”。理想とする活版の印刷物があって、それを作るためにはどうすればいいかを突き詰めていきました。ディープレリーフ樹脂凸版が必要だとか、活版印刷に適する紙やインクが必要だとか、ひとつひとつトライ&エラーを繰り返して、今に至ったんです」
こちらがディープレリーフ樹脂凸版。金属の活字を組み合わせて版を作るのではなく、パソコンで制作したデザインを樹脂に照射して、その樹脂凸版を印刷する技術です。現在日本に流通している樹脂凸版のほとんどは0.95mmのものですが、Bird Designではその1.5倍の1.52mmのディープレリーフ樹脂凸版を採用。より深く柔らかいへこみのある印刷物になっています。
最初は半自動機と呼ばれる印刷機を使用していましたが、現在はこの「ハイデルベルグプラテン印刷機」という大きな印刷機を導入。最大約40トンもの印圧をかけられるため、より深くくっきりとした凹みがある活版印刷ができるように。
「自分たちの羽で飛ぶ」
鳥に込められた想い
Bird Design Letterpress ショップカード(画像提供:Bird Design)。
Bird Designという名前を考えたのは郁倫さん。これも世界一周旅行での出来事がきっかけとなっています。
淑子さん
「マレーシアのマラッカという街で、現地の方がやっているユニークなホステルに泊まったんです。一部屋一部屋違うデザインで、素敵な宿。そこのオーナーの方から”部屋の壁に絵を描いて”って言われて、鳥の絵を描きました。壁に絵を描くなんて初めてだったからそんなに上手にはできなかったけど、最後に目を描いたらオーナーとパートナーの方が”生きてるみたいだね”と言ってくれたんです」
郁倫さん
「ちょうどその頃だったんだよね、独立してやろうと思ったのが。それで名前はBird Designにしようって決めました。独立するということは”自分たちの羽で飛ぶ”っていうことでもあるし。だけど鳥のことを自分たち自身だとはあまり思っていなくて、自分たちで育てていく子供みたいなものなんです」
「お守り」を
作っているような気持ちで。
「大げさかもしれないけど、名刺を渡すって、その方の分身を渡すようなところもあるでしょう」と淑子さん。
確かに、本がスマホで読める時代に、会議がSkypeでできる時代に、私たちが名刺交換というアナログな行為を続けているのは、名刺に思いを込めているからという理由もあるでしょう。特に活版印刷で名刺を印刷したいと思う人たちの多くは、たくさん名刺を配りたいわけでもなく、一枚一枚に思い入れを持っているはずです。
だからその人たちに「自信を持って出してもらえるような刷り上がりにしたい」と淑子さんは話します。
郁倫さん
「印刷をしながら、その名刺からどんな出会いがあるのか、どんな仕事をされていくのか、想像しているんです。もちろん印刷しているものは名刺なんですけど、お守りを作っているような感覚です。上手くいってほしいなって応援する気持ち。印刷を頼んでくださった方から”名刺を変えてからいいつながりができてきてる”とか”今回の名刺もよかった”ってお返事をいただくと、こちらも応援されているような感じがします」
淑子さん
「私たちも綺麗だなと思って刷っているから、お客さんにもその想いが通じていくのは嬉しいよね。最終的には、”活版印刷だからいい”ということよりも、美しいものを作ってそれをお客さんと共有していきたいという思いでやっています」
今後は、名刺やポストカード以外にも、活版印刷のステーショナリーも展開していきたいそう。簡単に大量に印刷できる時代にだからこそ、この人の手の温もりがある活版印刷は「特別な紙」に感じられます。
TanecoHan Design studio でデザインされたデータを元にオーダーを受け、ディープレリーフ樹脂凸版で印刷した名刺(写真提供:Bird Design)。
9月には、東京・神保町の三省堂書店内で活版印刷のメッセージカードが作れるワークショップを予定しているそう。詳細はWEBサイトをチェックしてみてください。
日時:2017年9月26日(火)〜10月2日(月)
会場:神保町いちのいち 神保町店
東京都千代田区神田神保町1-1三省堂書店内