「あと5年命をくれたなら、真正の絵師になれた」——北斎の晩年にグッとくる
デヴィッド・ボウイの遺作『★(ブラック・スター)』は、とてもクリエイティブな作品だった。新世代のジャズ・ミュージシャンなどが参加したという事実からも、作品の音そのものからも、ボウイには既存のフォーマットを踏襲する気が一切なかったことがわかる。表現者として理想を追い、高みを目指す、圧倒的なエネルギー。そして、アルバムの発売から2日後、ボウイはこの世を去った。69歳だった。
伝説、と呼ばれる人のあり方を考える。
彼らは「死」を人生の主人公にしない。人生をまとめ上げることにも興味がない。ただ駆け抜けるだけ。ボウイは死期こそ悟っていたが、“Lazarus” では《I'll be free/Ain't that just like me?》(自由になるんだ/俺らしいだろ?)と歌い、最後まで私たちの美しいロック・スターであり続けた。伝説、と呼ばれる人は、そんなふうに生きぬくのだと思う。
そして、日本にもそんな伝説がいる——ということを、私は知らなかった。
その伝説こそ、稀代の浮世絵師、葛飾北斎だ。
北斎が目指した場所
天保1~4年(1830~33)頃 大英博物館
「ああ、北斎ね」。この作品を観れば、誰もがわかるだろう。
では、北斎が何歳のときに『富嶽三十六景』を描いたか、知っている人はどれくらいいるだろうか。
答えは、70歳。
……いや、これも知ってる人は、まあまあいるかも。ちなみに北斎は90歳まで生きました。
では、北斎のこの言葉は知っているだろうか。
七十三才にして稍禽獣虫魚の骨格草木の出生を悟し得たり。故に八十六才にしては益々進み、九十才にして猶其奥意を極め、一百歳にして正に神妙ならんか。百有一歳にしては一点一格にして生るがごとくならん
これは、北斎が75歳のときに出版した『富嶽百景』の自跋(あとがき)だ。わかりやすくすると、こういう感じ。
「73歳で獣、虫、魚の骨格や草木の生える様をつかみ取ることができた。ゆえに、80歳になればさらに進化し、90歳になればその奥義を極め、100歳になれば神の域に達し、110歳になれば、私が描く点も線もすべてが生きたもののようになるであろう」
北斎は、110歳まで生きようとしていたのだ。目指すは「神の域」。それが、画業一筋で生きた、北斎の何よりの願いだった。
北斎、晩年の代表作
「神の域」を目指した北斎は、70を過ぎても、いや、過ぎてからいっそう精力的に画業にとりくんだ。というわけで、その圧倒的なエネルギーを感じる晩年の代表作を3点ピックアップしてみました。「これ、そんな歳で描いたの!?」感、ぜひご堪能ください。
①『富嶽三十六景 凱風快晴』
天保1~4年(1830~33)頃 大英博物館 © The Trustees of the British Museum.
これは、北斎が70〜73歳ごろの作品だ。
1820年代後半、妻の死や自身の病気などの苦しい時期を過ごした北斎にとっては、『富嶽三十六景』シリーズは画家としてのキャリアを復活させるきっかけとなった作品だった。
北斎にとって富士山は、大自然の象徴であり、超絶なるものの象徴。それはつまり、崇高なる神であり、超えるべき目標だったといわれている。北斎は富士山に、自分自身の人生を重ね合わせていたのだ。
ちなみに、凱風とは南風のこと。この作品は、夏の晴れた日の明け方に、富士が赤く染まる一瞬をとらえたものだ。北斎はこのほかに、中腹が青いもの、山肌全体が赤いものなど、さまざまな富士山の作品を残している。
②上町祭屋台天井絵『濤図』
弘化2年(1845) 小布施町上町自治会
これは、北斎が86歳の時の作品だ。
小布施の豪商・高井鴻山に招かれ、小布施に旅行した北斎は、祭屋台の天井絵として一対の『濤図』を描いた。
北斎は『富嶽三十六景』シリーズを完成させる前から波の描き方を研究しており、『濤図』は北斎の波の集大成ともいえる作品。2枚の絵をならべると、道教の陰陽を対比させた『太極図』が浮かびあがって見える(太極=道教の教えで「すべての根源」の意味)。
また、北斎はこの作品で「波」だけではなく、「宇宙」の成り立ちをも描こうとしていたと考えられている。
③『雪中虎図』
嘉永2年(1849) 個人蔵、ニューヨーク
これは、北斎の没年に描かれた作品だ。当時90歳。
北斎の晩年の作品は、龍や獅子、鳳凰、鷹などの生き物、そして力強いエネルギーにあふれた伝説上の人物、聖人がいきいきと描かれているのが特徴だ。『雪中虎図』をはじめとするこの時期の作品は、北斎が信仰と芸術において、崇高な領域に達したことを示しているとされる。
北斎といえば『富嶽三十六景』かもしれないが、その卓越した筆づかい、そして色彩の美しさをもっとも感得できるのは肉筆画だろう。世界に1点しかない北斎の肉筆画は、一生に一度は目にしたい傑作だ。
……を、全部観れます。
2017年10月6日から大阪・あべのハルカス美術館で行われる、大英博物館 国際共同プロジェクト「北斎 ー富士を超えてー」は、まさに北斎の晩年にスポットをあてた展覧会だ。『富嶽三十六景』はもちろんのこと、肉筆画約60点をふくむ200点あまりを展示し、晩年の30年間にフォーカスすることで、北斎の人となりにせまる内容となっている。
北斎は晩年、9月から4月上旬まではこたつに入ったまま絵を描いたそうだ。疲れたらそのまま眠り、目覚めてはまた描く。そして亡くなる直前、「天があと5年命をくれたなら、真正の絵師になれただろうに」という言葉を残したといわれている。
ストイックで、狂っていて、だからこそ「伝説」な北斎の生き様。ぜひその目で確かめて、感じてほしい。
【開催概要】
会期2017年10月6日(金)~11月19日(日)前期:10月6日(金)~10月29日(日)後期:11月1日(水)~11月19日(日)会場あべのハルカス美術館〒545-6016 大阪市阿倍野区阿倍野筋1-1-43 あべのハルカス16階休館日10月10日(火)、16日(月)、23日(月)、30日(月)、31日(火)開館時間月・土・日・祝/午前10時~午後6時火~金/午前10時~午後8時※いずれも入館は閉館の30分前まで