ジョブズも愛した川瀬巴水——何かを諦めきれないあなたにこそ、観てほしい。

大正から昭和にかけて活躍した版画家・川瀬巴水(かわせ はすい)。

スティーブ・ジョブズもコレクションしたといわれている巴水の版画は、緻密な写実力、30〜40回にもおよぶ摺り回数でリアルさを追求し、生涯の3分の1をかけた旅で見た景色を封じ込めた芸術だ。

でも、彼はどんな人なのだろう? すばらしい画家である以上に、どんな人生を送った人物だったのか。現在、玉川高島屋で『川瀬巴水展』が開催されているのをきっかけに、私はふとそんなことを思った。

巴水を語るときに私たちメディアは「スティーブ・ジョブズ」の名を使いがち(そしてそれで終わらせてしまいがち)なのだけれど、今回は、しっかりその人物像に迫りたいと思う。

挫折の連続だった
画家・川瀬巴水の人生

川瀬巴水は明治16(1883)年、現在の東京都港区で生まれた。糸組物職人の長男として家業を継ぐ立場にあった巴水だったが、子どものころから絵が好きで、絵草紙屋へ行っては武者絵や役者絵をよく見ていたと伝えられている。

そんな絵への情熱を秘めていた巴水の画家人生は、まさに挫折の連続だった。


挫折① 「週1なのに」。絵の塾通いをやめさせられる

巴水が画家を志したのは14歳のとき。
家からほど近い絵の塾へ入ることとなった巴水は、瀬戸物図案の写しものをしたり、写生をしたりしながら、熱心に絵を学んでいた。塾通いは週にたった一度。しかし、家業を継ぐ立場にある巴水はそれさえも周囲の反対を受け、1年後にはやめなければならなくなってしまった。

しかし、それでも絵への思いを捨てきれなかった巴水。19歳のときには家業を継ぐことを条件に、画家・荒木寛友に師事することを許される。巴水は、仕事のあいまには錦絵を写すなどして、必死で絵の勉強を続けたといわれる。

そして家業を継いでから6年後、巴水に転機が訪れる。

父・庄兵衛が事業に失敗したことをきっかけに、巴水は家業の店を整理し、合資会社を作った。ここで、幸か不幸か、商才に欠けていた巴水。妹・あやと店員・小田原文三郎を縁組して家業を任せ、画家になるための道をふたたび歩み始めることとなったのだが……。


挫折② 「年とりすぎ」。入門を断られる

かねてから面識のあった鏑木清方の門を叩いた巴水。しかし答えはNOだった。理由は「年をとりすぎているため」。

正式な入門を許されなかった巴水は、鏑木に洋画の勉強をすすめられた。そして洋画研究所に通ったり、岡田三郎助の指導を受けたりしながら洋画を学ぶ。巴水はこの時期、洋画、日本画ともに意欲的に学んだのだが、その間もずっと鏑木に師事することを諦められないでいた。描いた絵は鏑木にも見てもらい、熱心にアプローチを続けた。

そしてその2年後、巴水27歳のとき。ふたたび入門を懇願された鏑木は、とうとう巴水を弟子として受け入れることになる。巴水はこの時期、挿絵、芳年・国芳の錦絵、鏑木の下絵などを写して、必死で修行にのぞんだ。

「巴水」という画号が与えられたのはこのときだ。

それ以降、絵画展に作品を出展したり、挿絵や広告図案を描いたりして、巴水は画家としてのキャリアを積んでいく。この間に、36歳のときは東北、38歳の時には関西を旅行するなどして、そのときのスケッチを自身の作品に活かしていった。

これが、巴水が「生涯旅に生きた」といわれるゆえんだ。

順調にキャリアを積み、風景版画家としての地位を確立した巴水。しかしこのあと、彼の人生で最大の挫折が訪れることになる。


挫折③ 「すべて失った」。関東大震災が起きる

大正12(1923)年9月1日、関東大震災が発生。これにより、巴水は写生帖188冊をはじめ、自身の画業の成果をすべて失ってしまうこととなる。

巴水はこのときのことをのちに『浮世絵藝術』4巻3号のなかでこう書いている。

「あの恐ろしかった大正の大震災の際に私は
 時は今版画の旗揚げと感じました。」

震災のダメージを受け、失意の底に沈んだ巴水を励ましたのは、巴水の版画を600点以上プロデュースしてきた東京・銀座の『渡辺木版美術画舗』の初代・渡辺庄三郎だった。

庄三郎のもとを訪れた巴水は、「無一文のこの状態で絵など描いていられない」とつぶやいた。すると庄三郎はむしろ「版画はこれからますます盛んになる」と巴水を励まし、新たな旅をすすめた。さらに「旅先で売って、旅費の足しになるように」と、焼け残った版画を巴水に与えた——庄三郎自身も、震災で版木・版画のほぼすべてを失っていたにもかかわらず。

それをきっかけに、巴水は10月22日から翌年2月2日まで、生涯最大の旅行に出る。

この旅で描かれた写生帖は『旅みやげ 第三集』としてまとめられ、巴水はこの後も精力的に木版画のために写生をして歩き、数多くの作品を残すことになる。晩年には「風景が版画に見えるようになった」と言ったほどに、版画に人生を捧げ、全身全霊で生き抜いた。

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左・時雨のあと(京都南禅寺)昭和26(1951)年
右・平泉金色堂(絶筆)昭和32(1957)年

川瀬巴水の
決して諦めなかった人生

家族の反対にあっても画家を志し、仕事の合間に時間を見つけては絵を描き続け、すべて失っても再起をかけて旅に出た巴水の人生に感じるのは、やはり“諦めない心”なのだと思う。

諦めない心って、本当に陳腐で使い古されてうんざりする言葉かもしれないけど、でも、本当に「諦めずに続けていく」って、すごく難しいじゃないですか。この世には受ける覚えのない仕打ちも、乗り越えられないような自然の猛威も、やっぱりたくさんあるから。私たちは何度も打ちのめされるし、何度も失う。だけど生きていかなきゃいけないから。

そんなときに、川瀬巴水の決して諦めなかった人生は、私たちに「旅を続ける」勇気を与えてくれるのではないか。彼の美しい版画を眺めながら、私はそんなことを感じた。

展覧会名
没後60年 ~ここには心の故郷がある~
『川瀬巴水展』

会期
2017年10月12日(木)~23日(月)

会場
玉川高島屋 本館 6階催会場

入場時間
10:00~19:30(20:00閉場)
※最終日は17:30まで(18:00閉場)

入場
一般 800円
中学生以下無料

Licensed material used with permission by 玉川高島屋
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