さっき、鏡で見たあなたの顔、どんな顔してた?
……わかっていたけど。
鏡を見る女性を見ていると、きまって、いつも最高の表情で(鏡を)見つめている。一番魅力的な顔を鏡の前で演じている。ところが、日常でも自分はそういう顔をしているとおもっているから、そこに間違いが生じてくる。いつもはぼんやりとした、無表情な表情をしているものだ。
なんか、ごめんなさい。
いつもより上手にメイクができた日や、肌の調子がいい日は、鏡をみて小さく「よし」って思ったりしていました。いや、ほんとに “小さく” だよ? でも、なんか、ごめんなさい。
みんな(男女を問わず)鏡を見て、ああ、自分はこんな顔をしているんだ、案外美人よね、なんて思うかもしれないけれど、人間というのは、いつも鏡のとおりの顔はしていない。その証拠に、友人などと写した写真を見るとよくわかる。自分はもっといい顔をしているのにとおもう。自分は写真写りが悪いとか、果てには、あの写真を写した友人は下手くそだなんて言ったりする。
現実は受け止める。っていうかもう受け止めてる。「写真写り」っていったってね、写っているのは真実であり現実ですからね。どんなに下手くそな人が撮ったってね、そこに嘘はないはずですから。
でも……
女性が鏡の前に立つ。まず唇をきゅっとモデルかなんかみたいにむすんでみる。じっと瞳をうるませるようにして自分の顔を見つめる。前髪を三本くらいちょっと額にたらしたりしてまた元にもどす。身体を左右、やや斜めにしてみたりする。両手でお尻の少し上のあたりをさわったりして、唇を突き出したりする。鏡に顔を近づけて、左右の目尻を両手の薬指ですっと横に引く。
こんな時、別れた過去の恋人の名前を思い出したりする(かどうかはわからないが、一瞬、そんな表情になる)。
こうして、どうやったら、顔をどんな角度に傾けたら(鏡に映っている顔が“本当の”顔じゃないとしても)可愛くなるのか、一生懸命かんがえている姿そのものが可愛いってわたしは、客観的にも思うんです。
そのあと、ちょっとバッグのなかから口紅とコンパクトを出し、またはじめのように一番いい表情をしてみて安心するのだ。
そうなんです。「自己満足」が女の子の最大の自尊心であり、自身を可愛くするんです! 顔の造形とかじゃないですね、「いい表情」ができたもの勝ちです。あ、言い聞かせているわけじゃないですよ。
今日もみなさん、鏡の前で一番の「魅力的な顔」をつくってください。
95年~97年に、雑誌『マリ・クレール』に連載されていた巻頭エッセイをまとめたもの。眠る、くしゃみをする、鏡を見る、泣く、ランチを決める、酔う、笑う、歌う。様々な「女の仕種」をテーマに綴られる。