『こねこ』から入るディープなファンタジーの世界
写真は、名作猫ムービーの主人公・チグラーシャ。かわいい!という話。だけじゃありません。
新宿K's cinemaで開催中の特集イベント「ロシアンカルト・2018」にて上映されている作品のひとつで、そのほかを含めた特集の10作品を生んだ、ロシアという国の魅力をたくさん紹介してくれた存在なんです。
ポスターを飾った1996年公開の『こねこ』は、世界的な猫の調教師が出演していて、CGなしで動物たちがいろいろな演技をする、猫好きが喜ぶ映画。猫好きじゃなくても、断然おもしろい。
裕福な音楽家一家を中心に舞台が展開し、サーカスで働く貧しい猫調教師の生活や、そこで一緒に暮らしている猫たちとチグラーシャの冒険が描かれています。
家の中はとても幸せそうだけど、外に出ると街の雰囲気が雑然としている、この差って、この時のこの国ならではのことなのだとか。
映画の細部には、当時の国民の生活や、ロシアの文化的な魅力が詰まっているようです。女優・脚本家・詩人の近衛はなさんのお話を聞きました。
女優、脚本家、詩人。ロシア、フランスに留学経験がある。NHKドラマ『白洲次郎』や『続・遠野物語』などの脚本を執筆。
近衛「91年にソ連が崩壊し、さあ民主化だ、となったとき、旧ソ連圏の人々は何をどうしたらいいのかわからなかったそうなのです。自由って何? って。
ただ、あの広大で圧倒的な自然の力、そして権力に抑圧される時代に翻弄されてきたためか、ソ連の人々はなにか信じられるもの、内なる真実みたいのをどこかで探し求めてきたのではないでしょうか。
ロシアの人はとても芸術を大事にしています。文学や詩も読むし、文化的水準は高い。ソ連時代の芸術に触れると、個人の内面世界が広くて深いことに驚かされるのです。
逆説的ですが、彼らのほうが本当の自由を知っていたとも言えるのかもしれません」
ーー『こねこ』に登場するのは、おばあちゃんと一緒に暮らす昔ながらの大家族。温かい雰囲気です。
近衛「そうですね。ソ連時代って、基本的に建物の外観はどこも一緒というイメージです。どの窓も同じ灰色で、空を見ても灰色。
でも私が行ったロシアでは、ソ連風のアパートでも一歩中に入るととても温かかった。絨毯があって、ストーブがあって、お菓子を焼いていて、猫がいる。
家族の時間を尊び、室内で詩を読み、ピアノを演奏して、と夢のような生活をしていました。外見と中身が本当に違うんです」
ーーたしかにそうでした。
近衛「同じように、ロシアってちょっと怖いイメージがあるかもしれませんが、一歩踏み入れるとすごく素敵な国。
物質的には豊かではなかったけれど、そのぶん精神の豊かを充実させるというような、ほかのところに人生を見出そうとしたと思うんです。奇想天外で不思議な作品もたくさんありますね」
世界カルト映画史上に爆然と輝く超脱力SF傑作。キン・ザ・ザ星雲にあるプリュク星にワープしたマシコフとゲデバンは、星の超貴重品であるマッチを利用して地球に帰ろうと画策する。
近衛「1986年に公開された作品です。ゴルバチョフ書記長がペレストロイカを唱え、冷戦が終わりへと向かう、本当にいろいろな変化が起きていた時代だと思います。
資本主義とはまったく違う感性で、ガラクタみたいなつり鐘型の宇宙船が、ギコギコ音を発しながら飛ぶ……。CGや映像技術ではない、手づくり感満載の設定がおもしろいですよね」
ーーテクノロジーの説明はなし。笑っちゃうほど不思議です。
近衛「作中で宇宙人たちがする『クー』という挨拶も。ロシアでは社会現象になったくらい大人気だったそうで、その世代に向けて『クー』ってやると喜ばれます。懐かしいね、ハラショーハラショーと(笑)。
公開当時の観客動員数は1,520万人と言われています。ということは、東京の人口より多くの人がこの映画を見た」
ーー当時は、大人気だった。
近衛「はい。ソ連の人々は、長いあいだ権力に抑圧されて暮らしていました。1930年代には、大粛清によって、芸術家がたくさん殺されました。
スターリンを揶揄する詩を一行書いただけで命を奪われた人がいたくらい厳しい時代がありました。
状況はだいぶ変わっていたとはいえ、映画をつくることが難しかったにも関わらず、ソ連でこういった衝撃的なSF作品がつくられ、検閲をくぐりぬけて公開された」
ーー検閲を通すための努力なのでしょうか。
近衛「わかりませんが、ユーモアのなかに、辛辣な体制批判がこめられている。SFって細部がとても大事だと思うのですが、『不思議惑星キン・ザ・ザ』は細かい設定も見事で、脚本も素晴らしいと思います。
これを見たソ連の人の興奮は想像を絶するものだったのではないかな? 権力や公式的な現実を笑い飛ばすよろこび。
エツィロープと呼ばれる警察が暴力で星の住人を怯えさせています。これって、ソ連の姿そのものだなぁと」
ーー共通点がたくさんあるんですね。
近衛「マッチは、ソ連で最も安いものの代名詞として扱われているもの。それがキン・ザ・ザでは価値のあるものになっている。さかさまの世界。
ソ連は社会主義だったので表面的には平等とされていたけれど、現実はちがいました。同じ見た目をした人同士でも、センサーを向けると身分がわかる、出身による差別、黄色ステテコを得ることへの憧れなんか、なんとも皮肉な描写だと思います。
POLICEの文字を逆転させると、エツィロープと読めます。警察が人からお金を巻き上げたり、汚職したり、そういうことが普通にあった時代だからこそ、見ている人にとってはリアルで心に響いたのではないかと思います」
ーーなるほど。
近衛「シベリア送りにされそうな、権力者をバカにした表現がありますし、検閲を通った理由はわかりません。
批評家は酷評したそうです。本当は面白かったのかもしれませんが、言えなかったのかもしれません。ところが、封切りしてみると空前の大ヒット」
ーーなぜ通ったのでしょうね。
近衛「監督が有名だっただけとも言われていますし、見た人間がとんちんかんで理解できなかったのかもしれません。
もしかしたら、わかって通したのかもしれないし、だとすれば、その人が何を思って通したのか……想像しちゃいますよね。
こういったユーモアや体制批判に飢えていたのではないかな、と。そう言う時代をよく表しているのではないでしょうか。
物語の中心人物4人のキャラクターなんて、本当にロシア人っぽいんですよ。
なんだか軽薄な人達ばかりでてくるのかと思いきや、じつはみんなそれぞれに情が深くて、いつのまにか感動話になっている。嘘つきばかりなのに、さいごは裏切らない」
ーー素直じゃないけど、筋は通すみたいな。
近衛「ぶっきらぼうなんですけど、温かい。
私がホームステイしていたときにお世話になったおばあちゃんも、強面だったけど、あったかくてチャーミングな人でした。
私のところにきて、朝から晩までずっと喋ってたんですよ。全然ロシア語がわからないのに。最初は怒られてるのかと思いました。
おばあちゃんは、『ソ連時代はよかった』と口癖のように言っていました。
個人的には、魅力的な映画の条件として、まず出てくるキャラクターが愛おしいかどうかが一番なので、とくに『不思議惑星キン・ザ・ザ』は好きで、何度も見ています」
ーーそのほかには、どんな作品が好きですか?
1953年モスクワ。スターリン統治下末期に発覚した《ユダヤ人医師団陰謀事件》が題材。事件は政府要人暗殺を企てたとされたソビエト史の闇のひとつ。秘密警察長官ベリヤなどが実名で登場。ソビエト政権崩壊を挟み完成に16年間かけた傑作!
近衛「映像、音、編集の間によって、理由はよくわからないけど脳内麻薬が出て、すごい映画体験ができるんです。隅から隅まで見なきゃ損!という映画です。
ロシアには、触れたら人生が変わってしまうような素晴らしい映画や、文学作品があります。
私は大学でロシアのことを勉強するようになってから好きになったのですが、それまでのイメージは、さむい、くらい、こわい、みたいな感じでした(笑)。
でも、こうやって芸術に触れると、いいものがあるでしょう?とくに、旧ソ連圏の映画はおもしろいと思います」
ーー2018年は日露間で、交流を拡大しようという年ですし、これをきっかけに、もっとロシアのファンタジーな世界を覗いてみたいですね。貴重なお話ありがとうございました!
「ロシアン・カルト2018」の作品は只今絶賛上映中。スケジュールの確認はお早めに。
大きなスクリーンで35mmフィルムの雰囲気を満喫しながら、細部に目を凝らしてみてください。
<「ロシアン・カルト2018」開催期間>
・新宿K's cinema 3/3(土)~3/16(金)
>>>カレンダーに追加する
・愛知シネマスコーレ 3/31(木)~
>>>問い合わせ(052-452-6036)<上映作品>
アエリータ/火を噴く惑星/妖婆 死棺の呪い/スタフ王の野蛮な狩り/メキシコ万歳/不思議惑星キン・ザ・ザ/ミスター・デザイナー/UFO少年アブドラジャン/こねこ/フルスタリョフ、車を!
>>>詳しくはコチラ<新宿K's cinema>
東京都新宿区新宿3丁目35−13 SHOWAKANビル
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