「僕たちが売っているのは、テーブルじゃなくて、心のよりどころ」
小さい頃、誰にも言えず心の中いっぱいに辛い気持ちを抱えていたことがあった。その想いが涙となって溢れ出たのは、祖母と手をつないだ瞬間。手のひらを通して伝わってくる温もりに、感情を抑えることができなかった。声を出して泣く私に祖母は、ただ何も言わずにずっと手を握ってくれていた。
すべてを受け止めてくれる人がそばにいてくれる。だから、「自分は辛いんだ」と安心して吐き出すことができたんだと思う。
あれから随分と時が経ち、今は東京で暮らしている。離れてみてはじめて、家族や幼なじみなど、気を使わず、無条件に頼れる存在がいる環境にどれだけ心を救われていたのかを思い知らされる日々だ。
そんな"心の拠りどころ"となる存在、どうやら人間だけではないらしい。心を解き放つ場所を「テーブル」にして、届けている人たちがいる。その意図を知りたくて、私はショールームを訪ねた。
扉を開けたとたん、ふわっと木の匂いがした。深呼吸するだけで、まるで森の中にいるように心がすっと軽くなる。
手のひらにさらっと何の抵抗もなく馴染む感触が気持ち良い。
ミレニアル世代が
ローンを組んでまで買っていくテーブル
「木と人の在り方を考える」プロダクトメーカー(株)WONDERWOODを運営するのは、坂口祐貴さんと、東出考生さん。私と同じ20代後半、ミレニアル世代だ。ブランドのひとつ『TAICHIRO』では、樹齢200〜300年の天然国産木の一枚板を主に扱っている。
木に対する知識は豊富、けれど「ものづくりは一切しない」という。
加工して板に仕上げるのは、熟練の技術を用する職人たち。心から職人たちを尊敬し、信頼しているから、自分たちは商品を必要な人に届けることに全力を注ぐことができるそう。まさに適材適所だ。
僕たちがしているのは、ブランディングです。
情報やモノに溢れて生きてきた僕たちだからこそ、"ホンモノ"の魅力をわかっています。だからこそ本当に必要としている人に届けることができるのだと思います。
TAICHIROの顧客で一番多いのは、20代後半〜30代前半だという。天然の一枚板は小さなものでも10万円前後する。大きいものになると100万円を超える。高くても商品に価値を感じてずっと使っていきたいと思える人たちがローンを組んででも買っていくそうだ。
天然木のテーブルは、樹齢の数だけ使えて次の世代に渡すこともできる。手入れをすればするほど味がでるのも魅力のひとつだ。
でもWONDERWOODの二人が感じている天然の木の一番の魅力は、また違うところにあった。
伝えるのは
身をもって経験した想い
私がずっと気になっていた“拠りどころ”と言う理由は、坂口さん自身の経験に基づくからこその言葉だった。
大学卒業後、東京の会社で2年間、営業職として働いていた坂口さん。頑張りすぎて心身ともに疲れ果て、ふるさとの鳥取県に戻ることとなった。
もう、ご飯も食べたくなくて、何がしたいのか考えたくもなくて。サイボーグみたいに働いていたら、心がからっぽになっていました。
底抜けに明るくて、よく笑う坂口さん。目の前の姿からは想像もつかない過去だ。「心がからっぽになった」という言葉を聞いて胸が詰まった。この記事を読んでいる人の中にも、同じような心境の人がいるかもしれない。
そんなとき、偶然入った地元のカフェで、樹齢180年のポプラの一枚板のテーブルに出会ったんです。見た瞬間に心を奪われて、抱きついて離れられなくなってしまいました。
雨風にさらされて、雷を受けて、それでも生き抜いてきた木の一生が、当時のボロボロだった自分と重なって。何百年もずっと生きてきて、なんでも受け止めてくれる気がして、心が解放されていくのを感じました。
今の世の中、うつ病までいかなくても、一歩手前の状態で、僕のように心を病んでしまう人がたくさんいると思うんです。ボロボロになりながらそれでもなんとか前を向いて頑張っている人が。
特に使ってもらいたいのは自分と同じミレニアル層、こう語る坂口さん。自然環境が足りていない都市部で奮闘している人たちが、疲れて家に帰ってきたとき、きっと心が解放される“拠りどころ”になってくれる、と。
テーブルと書いたとたんに、無機質なモノとしての印象が強くなる。だが、彼らが扱っているのは本物の木。ショールームに入った瞬間に感じた森の中にいるような、心を落ち着かせてくれるパワーを秘めたホンモノだ。
何も語らずとも、自分よりはるかに生きていた先輩が拠りどころとしてそばにいてくれたなら……祖母の時と同じように、自分が素直になれる気がしていた。
どんなに凄い人に見えたって、落ち込むときはあるはず。でもタイミングは人によって違います。だからその一瞬一瞬で、自分の境遇を他人と比べちゃいけないんだって木に教えてもらいました。
辛くてどうしようもないとき、自分だけがうまくいっていない気がして、まわりがとても幸せそうに見える。きっと彼もそんな気持ちを抱えていたことだろう。それでも少しずつ前を向き、自分を受け止めて乗り越えたからこその言葉は、私の心に強く響いてきた。
商品には、穴が空いて苦労して育った木も、いびつな形に育ったものもあります。それは人と同じように個性。実際それが好きで買っていかれるお客様もたくさんいますからね。モノの価値は、他の誰でもなく、自分が決めるものですから。
誰の価値観でもなく、自分の価値観で選ぶこと。様々な環境に身をおく度に本当の気持ちが少し見えづらくなっている気がする。
たとえそれに気づいても、他人の目も、世間の目も怖くて行動できないかも知れない。でも、まず大事なのは「自分の心の声が聞こえる場所をもつこと」だと、この二人が教えてくれた。
『TAICHIRO』東京ショールーム
●所在地
東京都世田谷区祖師谷6-33-14●営業時間
10:00-17:00●営業日
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