福岡・宗像の「パンかけ醤油」にみた、老舗店の進化とユーモア

醤油のラベルにでかでかと書かれた「パン」の文字。
なんだこれは!と思いました。

意外や意外、手がけるのは宗像神湊(福岡県宗像市神湊地区のこと)にある「ナカマル醤油醸造元」。創業は1850年(嘉永三年・江戸末期)と、かなりの老舗です。

私は熊本の出身なので、結構な甘さの醤油には慣れています(というか、甘いのが好みです)。「パンかけ醤油」も九州の醤油は甘い説の延長でできたのだろうか……なんて勝手に仮説を立てながら、六代目当主の永嶋多知さんにお話を伺いました。

「パンにかける醤油をつくりたい」って
テレビでオンエアされてしまって(笑)

「ナカマル醤油醸造元」のラインナップは現在38種類。
段々種類が増えていったのは「よそはこんなんあるけど、おたくにはないの?」なんていうお客さんのニーズに合わせて対応していった結果なんだそうです。例えば、胡麻鯖などの漬け文化に合わせて「魚茶漬のたれ」をつくる、といった風に。


で、「パンかけ醤油」ができるきっかけのひとつになったのが「たまごかけ醤油」。これが、はじめてトライした専用醤油なんだそうですが、ここまでの商品開発はお客さんのニーズありきのものでした。まず世の中的に「たまごかけ醤油」ブームがあって、そしてこの時も例外なくお客さんからのリクエストがあって……。

研究していくうちに、上品なうま味で、黄身とよく絡まって伸びる黄金比率の味にたどり着いたんだそうです。

「そのときに、専用醤油にはそれだけの価値があるんだ!ってことに気がついたんです」

「たまごかけ醤油」で専用醤油の価値に気づいて、それ以降のラインナップは、お客さんから要望があるから、ではなく、すべて永嶋さん発で考えて商品化したもの。

・パンかけ醤油
・ヨーグルトかけ醤油
・チーズかけ醤油
・パスタかけ醤油
・カルパッチョかけ醤油 と、続きます。



いくつかのテレビ番組に取り上げられ、世の中に物議を醸した(?)「パンかけ醤油」は、2番目の専用醤油なわけですが、ことのはじまりは、老舗醤油屋さんとして取り上げられた地方のテレビ番組内での発言だそうで。

「最後によく『今後の展望は?』みたいな質問がありますよね。そう聞かれたときに、もともと作りたいとは思っていたけど、深く考えずに『パンにかける醤油をつくってみたいです』って言ったんです。そしたらカットされずにバッチリ使われちゃったんですよ(笑)。そのうちテレビを見たみんなから『つくらんと?』って言われるようになって。責任を果たそうと思ってつくりました(笑)」

……(笑)。まさかの出来事からでした。


永嶋さんが考えた「パンかけ醤油」の紹介は

パンかけ醤油の味は…

パンにかけると、みたらし団子風。
もちにかけると、砂糖醤油風。
アイスクリームにかけると、黒みつ風。
ヨーグルトにかけると、チーズケーキ風。
牛乳にかけると、コーヒー牛乳風。
リンゴにかけると、焼きリンゴ風。
豆腐にかけると、プリン風。
トマトにかけると、煮物風。
納豆にかけると、黒豆風。

要するに、あまくておいしい醤油だれです。

味の解説は、子どもの頃、イリコと一緒に牛乳を飲んだときにチーズ味を感じたところからインスピレーションを得たとか。感覚の問題だそうです。

これ、半分以上編集部で試してみましたが、どれも、“わかる”。なんとも不思議な感覚に包まれました。単体での味は、トロッとしていて甘めのみたらし団子に近いです。

ちなみに、研究期間は「何ヶ月かかったかな……」ってくらい長め。これまでタレ系商品をつくってきた経験が役に立ったそうです。

パンかけ音頭、
たまごかけブルース!?

店内で、こんなものを見つけました。
専用醤油の特徴がしっかり歌詞に盛り込まれた商品の歌です。
ここで、永嶋さんの並々ならぬ商品愛とかなりのユーモアを確信しました(笑)。

一番人気があるのは、やっぱりパンかけ音頭なんだそうです。理由はノレるから、って想像以上の美声とともに披露していただいたんですが、確かにノレる。というか、笑いが出てきます。歌の完成までは、なんと2ヶ月。

これ、お店で永嶋さんに会えば、歌ってもらえるらしいです。
「時間があって、機嫌がよければね(笑)」って。

あと、目を引くかわいいラベルにも注目してほしいのですが

「ラベルにデザインしないって決めてるんですよ」

って。

「商品は、イメージで認識されることが多いんですよ。商品棚で目的の商品を目の前にしながら『あれ、なんだったけ?』とか『何色だったっけ?』なんてことが普通にある。そういうこともあって、わかりやすく大きい文字で商品の名前をドンと書くだけって決めたんです。今後はどうなるかわかりませんけど……。ちなみに、文字は筆字で私が書いたもの。眉毛の太さが字に出ているんですよ(笑)」


音頭はお客さんに覚えてもらえるように。
ラベルはお客さんにとってわかりやすいイメージであるように。

陽気な音頭と、かわいいラベルには、お客さんを想っての意味が込められていました。

ずっと変わらないし、
これからも変えないこと。

永嶋さんは「挑戦心の塊のような人」。

だからこそ、「パンかけ醤油」のようなヒット商品が誕生し、当初は扱っていなかったタレやドレッシング系の商品がお店に並ぶようになりました。

全国的に醤油の消費量がだんだん少なくなってきているなか、「ナカマル醤油醸造元」は、お客さんの食生活の変化に合わせながら進化をしてきました。

一方で、江戸時代末期からずっと大事にしていることは、代々引き継がれている「まろやかさ」。

永嶋さんが先代から言われていたことは

「塩角(しおかど)のあるやつをつくったらつまらん」
(※極力塩辛く感じさせないこと)

ということなんだそう。
それが、宗像神湊のお客さんに受け入れられること。
海があって、おいしい魚介類が豊富なこの土地では、昔から魚によく合うあまくちが愛されていて。「おたくの醤油は甘いもんね」って言葉は、最高の褒め言葉だといいます。

「そこだけはずっと守りながら、できる範囲でいいものをつくる。それは何にでも言えることで、例えば文章だってそうでしょ?色々決まりがあるなかでいいものを書く」

なんて、私の仕事の話に置き換えて教えてくださいました。

永嶋さん率いる「ナカマル醤油醸造元」は、大事なものを守りぬく、けど、進化とユーモアを忘れない“老舗の醤油屋さん”でした。

お店の奥の方には資料館も。醸造器具や、明治時代からの生活用具が展示されています。

「ナカマル醤油醸造元」
住所:福岡県宗像市神湊1118
TEL:0940-62-0003
営業:9:00〜17:00
定休日:月曜日

※お店、資料館ともに入場無料

Photo by JAPAN LOCAL
取材協力:宗像市
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。