池袋駅「北口エリア」の雑居ビルにひっそり息づく「中国人コミュニティ」①
横浜、神戸、長崎など、日本にはいくつかの全国的に有名な「チャイナタウン/中華街」が存在します。しかし、古くから中国では「華僑」と呼ばれる海外移住者たちが世界中に大小様々な中国人コミュニティを築いており、現在も次々と新たなチャイナタウンが誕生しているんです。新宿、渋谷と並ぶ東京三大副都心の一角である「池袋」の駅の北口にあるチャイナタウンも、そんな近年発生した新興の中華街のひとつなんです──。
雑踏のなかに溶け込んだ
池袋のリトルチャイナを歩く
「中華街」と聞いて真っ先に思い浮かべる人も多いであろう、赤や金、黄色や緑で彩られた中華様式の門。しかし、池袋駅北口のチャイナタウンに、あの門はありません。
雑居ビルが立ち並ぶ、ごくごく普通の繁華街に存在するという池袋のチャイナタウンを、「立正大学」で移民に関する研究をおこなっている山下清海教授に案内してもらいました。
山下教授がまず連れていってくれたのは、北口から徒歩1分の場所にある中国食材専門店『陽光城』。
「池袋の中国人コミュニティは雑居ビルのなかに分散しているのですが、ここ『陽光城』は数少ない路面店なので、チャイナタウンをはじめて訪れる際の目印になりますね。店内では、日本ではあまり見ることのない珍しい中国の食材が販売されています。『陽光城』の向かいの大和産業ビルの4階には『中国友誼商店』という食材店があり、その前身の店は池袋のチャイナタウンでもっとも長い歴史をもつお店とされています」
雑居ビルの一角で営業する『中国友誼商店』を訪れると、そこは地域と生活に密着したスーパーマーケットといった趣き。
野菜や活魚などの生鮮食品から業務用サイズの冷凍食品までがリーズナブルな価格で販売されています。ちなみに、このお店のいちばんの売れ筋は八宝粥(はっぽうがゆ)とのこと。
「8種類の食材を使った中国式の甘いお粥で、中国の人たちはこの料理が大好きなんです。ほかにも、中国の東北地方には犬食文化があるので、冷凍の犬肉なども売られています。それから、ちょっとおもしろいのがこの商品です」
山下教授がそう紹介してくれたのは、日本のスーパーでも目にしていそうな乾燥の春雨。
「商品名や成分表が日本語で書かれているので日本の製品と勘違いしそうですが、これも中国で作られたものです。中国では日本製であることが高品質の象徴でもあるので、商品のパッケージに日本語を記載するのがトレンドなんです。昔は日本語の表記も間違いだらけでしたが、最近は翻訳アプリの精度が向上したこともあってか、誤表記も減ってきていますね(笑)」
『友誼商店』と同じビル内にあるのが、中国で販売されている書籍の専門店『聞声堂中文書店』。村上春樹の小説の中国語版から中国武術のハウツー本まで、じつに様々な出版物が扱われています。
「最近、書籍の販売スペースを縮小し、インバウンド向けに化粧品や医薬品の販売をはじめたのですが、これも今の中国のニーズを反映してのことだと思います」
次に向かったのは、北口からほど近い路地にある『逸品飲茶 緑茗』。
「ここは中国人女性のオーナーが経営する飲茶のお店で、日本人にもすごく人気があります。平日のランチ時は近くに勤めるサラリーマンやOLの方でいっぱいですし、週末は在日中国人や中国からの観光客で賑わっています」
『海鮮ビーフン土鍋のランチセット』と八角の香りが効いた『鶏モミジの豆鼓蒸し』は、いずれも本格的な中華料理でありながら、日本人にも非常に馴染みやすい味。
中国の食材を販売する『陽光城』や中華料理店『逸品飲茶 緑茗』は路面店ですが、池袋では、中国関連のテナントの多くは雑居ビルの地下階、または上層階に入っている印象があります。その理由について、山下教授はこう言います。
「道路に面したテナントよりもビルのなかのほうが家賃が安いからと考える人も多いかと思いますが、池袋で中国関連のお店を経営している人に話を聞くと、どうやらそうではないようです。多少家賃が高くても、彼らは池袋駅北口から近い一階にお店を出したいようなのですが、物件に空きがないため、仕方なくビルのなかや地下に店舗を構えているんです」
中国人経営者たちは、なぜ「池袋駅北口に近い路面の物件」を求めるのでしょうか?
「在日中国人、とくに東京で生活している中国の方にとって、池袋駅北口というのは一種のステイタスシンボルになっていて、中国人向けのフリーペーパーなどでも“池袋北口から歩いてすぐ”という謳い文句の広告をたくさん目にします。しかし、じつは2019年の3月に最寄り出口の名称が『池袋駅西口(北)』に変わってしまい、すごくわかりづらくなってしまいました。私は移民に関する研究をしているなかで、このエリアが日中友好の架け橋になれる場所だと感じているので、『池袋駅北口』というアイコニックな名称がなくなってしまったことを残念に思っています」
北口エリアの路上で、フリーペーパーを配っている年配の中国人女性と出会いました。山下教授によると、そのフリーペーパーは中国国内で弾圧を受けている団体『法輪功』(※1)が発行する機関誌で、中国の大手通信機器メーカー『HUAWEI』のバックドア問題(※2)についての記事が掲載されているとのこと。
「この女性は、数年前に黒竜江省から日本にやってきた『法輪功』の学習者(=教えを守り実践する人)だそうです。中国本土で政府に反対する活動をすれば生命の保証はありませんが、彼らはそれも承知のうえでおこなっているんです。“本土じゃこんなこと絶対にできないよ!”と彼女もいっていましたが、政府は世界中に散らばった中国国民の活動を細かくチェックしているので、日本にいても決して安全とは限りません」
世界第二位の経済大国になったとはいえ、共産党による一党独裁のもとで言論の自由や人権に関する問題も抱えた中国。
つい最近も香港における中国政府の司法介入の強化を目的とした身柄引き渡し条例の改正に反対し、大規模なデモが起きたのは記憶に新しい話です。
じつは、そんな中国の社会体制も池袋駅北口にチャイナタウンが生まれた理由のひとつでもあるようです。
※1/道教や仏教の教えを取り入れた気功法およびそれを実践する団体のこと。
※2/スマートフォンやタブレットの所有者の操作や意思に関係なくデータが外部に漏洩する可能性があるとされる問題。