誰もやってないからおもしろい。国産コーヒーをゼロから育て、伝統技術で日本の味をデザインする——徳之島・宮出珈琲園
僕はゼロからイチにする。
周りの仲間が10にしてくれる
試行錯誤しながらも、最終的にはいろんなことを器用にこなしてしまう宮出さんだが、ここまでコーヒーの木栽培を続けて来られている陰には、やはり仲間の存在もある。
まもなく島内に完成するという「コーヒーの木研究室」は、新商品の開発や畑で採れた豆の焙煎などの作業、商品の試飲購入ができる場所になるところ。
「カフェ」ではなく、あくまでここは「研究室兼、作業場」。完成が楽しみ。
「島に来て、ここに寄ってもらえたらなんかおもしろいものがあったり、起きたりする場所にしたい。それに、どこかのフェスティバルに豆だけ送るよりも、こういう場所を作って、飲んで欲しいなと思える人に直接淹れられたらいいなと思う」
豆への愛情を感じる丁寧な焙煎。いい香り。
そんな思いもあって作られるこの場所を主に切り盛りすることになるのが、大阪時代からの仲間である石垣麻美さんだ。石垣さんは、伊仙町の地域おこし協力隊で、徳之島のコーヒーを使ったお菓子などの商品開発を手がけながら、コーヒーの木研究室のオープンに向けて、物件のリノベーションも手伝っている。
「2年くらい締め切った空き家だったので、中もぐちゃぐちゃに散乱、棚にはゲジゲジからカタツムリからがもういろんな虫たちが心地よさそうに暮らしてて……まずは害虫駆除からでしたね」
「何か作ったりする作業はもともと好きでした」。地道な作業も楽しそうにこなす石垣さん。
想像すると悲鳴をあげてしまいそうになるかつての棚の光景を、ひょうひょうと語る石垣さんは頼もしく、“彼女に任せれば大丈夫”、そんな気持ちになる人だ。
「宮出さんは不思議な人です。付き合いは4〜5年くらいになるけど、ずっと不思議な人ですね。彼が思ってたことと違うことを私がしても、怒ったりしない。やった方にもなんか意味があってやったんだろうなって思ってくれて。いい意味でこだわりがないというか」
それは信頼の証だろう。と話を聞きながら、心の中でずっと考えていた。
一杯のコーヒーに行き着くまでの道のりは、長い……。
「でも、何かやり出すと盲目になって猪突猛進して行きます。彼の思うところに向かってボーンって走って行きます。だから止まって〜〜!ってなる時もある」
やっぱり、冷静に彼のことを見られている彼女が手伝ってくれれば、宮出さんはこの先も大丈夫そうだな、と考えながら話を聞いていたが、微笑ましくて、笑いそうになるのをこらえていたのはここだけの話。
「僕が人付き合い苦手な分、麻美ちゃんは島の人たちにも愛されるキャラやから頼りになる」。ナイスコンビ。
まだまだ先のことになるかもしれないけれど、コーヒーの森の中に、大阪時代のカフェと同じ「森の焙煎所」という名前の焙煎所を作る計画もある。
「戦前に段々畑があった場所で、下を流れる川の向こう側には植えたコーヒーの木がもう育ってきてるから、将来はそこにコーヒーを摘みに行ってもらって、焙煎所に持ってきてもらう。そうすれば、そこは摘む、焙煎する、飲むが体験できる場所になる。凄くいいでしょ。これは一人でやってるからなかなか進まないけど(笑)」
同じ森で、コーヒーの木の里親(オーナー)制度も進めているという。
やることはたくさんあるけれど、宮出さんは楽しそうだ。
緑に囲まれた森の中は、自然の音しかしない。木々や土の香りに混ざって、焙煎所からは、豆を煎る香ばしい香りが立ちこめる。ここで飲むコーヒーの味は、きっと最高だ。
「生産者仲間も増やしたい」
その一人、島内で同じくコーヒーの木の栽培をしているという芳村建吉さんの畑も見せてもらった。ほとんどの人が初めのうちは全滅させてしまったりと苦労をするものなのだが、芳村さんの畑は一度も全滅することなく、順調にコーヒーの木が育っているという。芳村さんは、
「コーヒーの花が咲くとね、いい香りがするんですよ。蕾のまま待機して、雨が降った後の晴れた日にパッと咲く。日本は梅雨の時期だから、咲いたと思ったらあっという間に雨で流されちゃうけど。コーヒー作りは結構おもしろいよ。先生になってくれる人もいるしね」
と、コーヒーづくりのあれこれを楽しそうに語ってくれた。
器用な建吉さん。自作の「首から下げる蚊取り線香」も素敵!
また、長野を拠点で頑張ってる仲間、高橋さんと話しているのは、ジャーニーバスで森の中に8月の1ヶ月だけ現れるようなコーヒー屋をしようというもの。
「日本のコーヒー栽培って、年中作り続ける海外と違って、なんもせんでいい時間がある。その時期に、ジャーニーバスであちこちコーヒー淹れに回りたい」
ジャーニーバスのデコレーションには、宮出さんが育てたコーヒーの木から剪定した枝などを利用している。
宮出さんの周りでは、近いうちに、楽しいことがたくさん起こりそうだ。他にも、宮出さんのコーヒーづくりに共鳴した仲間が全国あちこちで、自発的にその良さを広めてくれているという。
「僕はゼロをイチにすることはできると思ってる。でも、そこから先、1を10にしてくれるのは、周りの仲間たちです」
彼の人柄を語る時、“仲間に恵まれている”という事実がその全てなのである。
三年前の収穫量は7粒。それなりに採れるようになったのは12年やってきて、11年目から。今がやっとスタートライン。
「個性がない」と言われ続けた
日本のコーヒーを変える
コーヒーに関するいろんなことをやって来た。そして今もやっている。宮出さんは、ここまでは、まずはなんでも自分でやらないと気が済まなかったのだ。でも……。
「10年間以上、6次化まで一人でやってきて、それはそれでおもしろかったけど、これからは餅は餅屋で。僕は育てる方に専念して、焙煎は究極に良い焙煎のできる人にお願いしたいし、そのあとも、究極に美味しく淹れられる人に淹れて欲しいと思ってます」
少しずつではあるが、いよいよ“任せる”時がやって来ている。
生産者にコーヒーを淹れてもらうなんて、すごく貴重な体験。
ずっとコーヒーづくりの情報を外に出さなかったのは、成功する確信が持てなかったこともあるけれど、「自分にしかできないもの」として抱え込みたかったのもあるかもしれない、と宮出さんは言った。
「これからは情報も、きっとみんな知りたがっている生産の喜怒哀楽も、全部出していく。生産者みんなで協力しあいながら、日本のコーヒー全体が発展していくのが一番だと思うから。まずは産業にして、ブラジルやグアテマラと並んで日本があるようにする。そして、“日本の味” を作る」
「日本人の舌を一番よくわかってるのは日本人だから、これからの日本の味のスタンダードを作るのは日本人の作り手かも」
日本の伝統技術を使ったコーヒーの研究も、海外から豆を仕入れるのではなく、「自分で育てるところから携わっている生産者」だからこそできる、とってもおもしろいものだ(きっと近い将来お披露目になるはず!)。
20年以上使っていない島の小学校のプールを使った研究も進めるという。
「7レーンあるから、7つの味のコーヒーを作れればおもしろいかなって。ここをコーヒーのテーマパークにして、プールサイドでマルシェをしてもいい。活かしきれてないものがあるなら活用して、仕事にできれば、地元のシニア世代を巻き込んだりもできる」
このプールを見てそんな使い道が思いついたのかと思うと、改めてすごい(笑)。
キラキラした少年のような目で、そう遠くない未来の話をする宮出さんの研究は、おそらく実現する。なぜならは、ここまで見せてもらったこと、教えてくれたこと、感じたこと、取材中に宮出さんの友人たちから語られた、彼のコーヒー馬鹿の一面。その全てが証明してくれたから。成功のあかつきには、また徳之島に取材に来なければ……。
「コーヒーは好きやけど、死ぬほど好きかと聞かれたらわからん。でも、不思議とずーっと近くにあるんやろなあっていう存在。死ぬまでやってると思う。コーヒーの仕事は」
……ところで、宮出さんのコーヒーはどんな味がしたのか? こんなところまで引っ張っておいてなんですが、それは是非、皆さん自身が確かめて欲しいと思う(予想していたオチですか?)。畑からコーヒーカップに注がれるまで自分の目で見たコーヒー、そして生産者にしかできない日本の伝統技術を取り入れて作ったコーヒーの味のおもしろさは、人に聞くより自分の舌で確かめるべきだと心の底から思うから。
味わう方法は以下の三つ。
1、コーヒーの木の里親になる。
2、宮出さんに会いに行く。
3、徳之島伊仙町のふるさと納税の返礼品から選ぶ。
日本のコーヒーは、生産者の味。
宮出さんのコーヒーは、柔らかさの中に芯の強さを秘めた味がする。
『宮出珈琲園(コーヒーの木研究室)』
鹿児島県大島郡伊仙町面縄1974-4
【ショップページ】https://coffee-tree.stores.jp/
【公式インスタグラム】https://www.instagram.com/miyade_coffee/
【公式ツイッター】https://twitter.com/miyadecoffee
【里親についてのお問い合わせ】miyadecoffee@gmail.com