「目指すのは、健康のインフラです」。BASE FOOD代表橋本舜インタビュー
普段の食事に栄養が足りていない──。こう自覚していても、なにをどれだけ補ったらいいかをきちんと把握している人は少ない。「健康的な食生活を心がける」ことと同じだけ、「栄養を正しく理解すること」はむずかしい。
そんななか、手軽に栄養が摂れる主食の登場で、誰もがかんたんに健康的な食生活を手に入れる機会が訪れた。
世界で初めて完全栄養の主食を開発・販売する「BASE FOOD」(ベースフード)。その創業者に話を聞きたい。完全食とはなんなのか?食の未来はどう変わるのか? 橋本舜氏に疑問をぶつけた。
「BASE FOOD」代表。1988年生まれ。東京大学教養学部卒。株式会社DeNAに新卒入社。“主食をイノベーションして健康をあたりまえに”をコンセプトに世界初の完全栄養の主食「BASE PASTA」「BASE BREAD」を開発。東京とサンフランシスコを拠点に活動。@shun_bf
“栄養”を気にしなくてもいい世の中へ
いそがしい毎日でも、おいしくて体にいいものを食べたい。そんな想いから「主食」にフォーカスして、手軽でいながら栄養バランスの良い完全栄養食の麺「BASE PASTA」とパン「BASE BREAD」を開発した橋下氏。
かんたんに言ってしまえば完全食とは、体に必要な栄養素を1回の食事にぐんと詰め込んだもの。だが、足りない栄養を主食にプラスすることでまかない、栄養補給する。これって、栄養補助食品とどこに違いがあるのだろう?
■正しく栄養を摂るって、ムズカシイ。
──「完全食」と「栄養補助食品」、ともに栄養を補うという意味では同じに思えるのですが、明確な違いはどこにあるのでしょう?
たとえばですが、初めてスノボをする人がゲレンデに行くとなれば、とりあえずボードからウェアから一式揃えますよね。でも、「ブーツにはこういう違いがあって」「ビンディングはこうで」と、いちいち説明されたらどうです?
──うーん、面倒に感じます。「とりあえずオススメください!」ってなる。
これ、栄養も同じことが言えると思いませんか?
人間には必要な栄養素が何種類あって、さらにビタミンCにはどういう効果があって、レモン1000個分入っていますとか、ビタミンEというのもあって、たんぱく質も必要で……そんなことをいちいち覚えてられない。 基礎栄養素だけで30種類以上ですよ。相当知識がある人でないと過不足なく摂取するなんてできません。
──それを補ってくれるのが、栄養補助食品では?
その通り。もし、栄養に対して豊富な知識があったなら、牛丼でもハンバーガーでも、食べた後にどの栄養素が不足しているかを把握し、それを補う補助食品やサプリを自在に摂ることができます。でも、管理栄養士でもないかぎり不可能ですよね。
いっぽうで完全食は、一日に必要な栄養素がすべて入っています。計算式も必要なければ、何をどのくらい補うかと、いちいち考えなくていい。かんたんでしょ?
──真逆の認識でした。体のサポートをしてくれるという意味ではサプリなどの方が手軽なイメージでしたから。
栄養をかんたんにするのが「完全食」で、栄養に詳しい人が食べるのが「栄養補助食品」。“完全”なんて付くと眉唾というか、難しく考えてしまうけど、実際は逆なんですよね。つまり健康を当たりまえにするならば、むずかしくないほうがいいんです。
──栄養をバランスよく摂るには相応の知識がいる。健康ってむずかしい。
健康にはなりたいんだけど、時間がない、手間をかけられない、という人でも健康になれる。そういった社会をつくる必要がある。それが「BASE FOOD」の出発点でした。
少子高齢化により社会保障費を支える人口が減るなかで、栄養バランスがよくなれば70歳、80歳になってもみんなが健康で元気でいられる。“健康格差”を生まない社会です。
僕たちは食品メーカーではなく、健康をあたりまえにするためのサービスを提供する会社として、完全食の麺とパンを開発し扱っています。
■栄養の基盤をつくる“大人の給食”
──「BASE PASTA」「BASE BREAD」とも、1食で一日に必要な栄養素の1/3量が摂れる。これってどういう計算なんですか?
厚生労働省が年齢や性別ごとに必要な栄養素を定めた「日本人の食事摂取基準」をベースにして、一日に必要とされる栄養の1/3量が摂れるよう設計しています。3食すべてを「BASE FOOD」で補おうというものではなく、他の食事でとりすぎがちな糖質や塩分はあえて抑えています。
──食べる目安はどのくらいが適切?
ひと月に20食程度を推奨しています。学校給食の回数と同じ。子どもは月20回の栄養計算された食事を食べることで、健康の基盤をつくります。ところが大人になれば「健康は自己努力」ですからね。
──まさしく“大人の給食”ですね。
コンビニで済ませる日もあれば、当然ラーメンだって食べたくなる。それでも月20食、麺やパンを「BASE FOOD」に置き換えることって、そこまでむずかしくはないと思うんです。
「主食」のイノベーション
人間の生命維持に不可欠な栄養素を効率的に摂取できる食事として、アメリカで完全食「ソイレント」が登場したのが2013年。以来、水に溶いて飲むパウダーやドリンクタイプが中心だったなか、食品知識のなかった橋本氏は、いかにして「主食のリプレイス」というアイデアに行き着いたのだろう?
その答えの一端に「BASE FOOD」が掲げる、「健康をあたりまえの世の中に」というコンセプトの原動力が垣間見える。
■主食の置き換えで「栄養バランス」を底上げ
──なぜ「主食」という概念を持ち込めた?
健康は“自分ごと”なのに、時間がない、手間をかけたくないといった理由から完全食を選ぶ海外市場に疑問を感じていました。ほとんどは飲んで終わりの「効率的な食事」を目的としたものだったので。
食事には栄養だけでなく、「おいしさを感じる喜び」や「人と食卓を囲む楽しみ」という役割があると思っています。ならば、なるべく今の食生活のまま、米、麺、パンを食べ、肉や魚や野菜を食べるほうが無理がない。
──人間の食文化までを完全に変えてしまうのは良くない、という思いがあった?
そうですね。楽しみや喜びもそのままでありたい。そのなかで栄養のため最大公約数のものだけ変えるとなれば、必然的に「主食」だと思いました。他のものを食べながらでも自然と食事のなかに取り入れられるし、調理やアレンジもしやすい。それに、咀嚼してたべることで精神的な機能も保たれるでしょうから。
──主食の置き換えで栄養過多になることは?
極端に偏った食事でもしない限り偏りません。そこのバランスをとるのが完全食ですから。むしろ、主食を置き換えて栄養バランスをとることによるメリットの方が大きい。
たとえば、昨年「Burger Mania」さんとのコラボで「 BASE BREAD」を使ったハンバーガーをつくりました。
──「ベースバーガー」ですね。
はい。普通のハンバーガーは、糖質と脂質とカロリーの爆弾みたいになりますが、「ベースバーガー」ならそこのバランスがとれるんです。一般的なパンより糖質が低いため、パティが入ってもトータルでは糖質を抑えられる。しかもお肉に含まれない食物繊維や、含まれていてもわずかなビタミン、ミネラルまで摂取できます。
──完全食の麺やパンを料理に使うことで、栄養バランスの底上げができるわけだ。
結果的に栄養バランスがよくなるよう、ちゃんと逆算してつくっています。人間にとって必要なモジュールが完全栄養なわけですから、そこに食べる喜びもきちんと残すことができれば、すべての食事が完全食になるわけです。スープでも、カレーでも。
■目指すのは「栄養のインフラ」
──それでも主食にこだわる理由は?
主食ほどインパクトのあるものはありません。6000年以上前に先人たちがつくりだした麺やパンは、現代に至るまでほとんどアップデートしてきませんでした。何千年も変化のなかった主食をイノベーションすることで、現代の食生活にあうカタチに再定義した結果、行き着いたのが「BASE FOOD」です。
──アップデートしてこなかったのはなぜなんでしょう?
たぶん、必要性がそこまでなかったんだと思います。こと日本に限ってみても高度経済成長以降、徐々に女性の社会進出が進み、核家族化で社会に出る前から一人暮らしをする人も増え、栄養バランスが崩れ、生活習慣病が問題になってきた。栄養素まで気にするようになったのなんて、ごく最近のことですよ。
──仮に専業主婦前提の社会であれば、完全食は要らなかった?
そうかもしれませんね。主菜、副菜、ごはん、品数もバランスも豊富な食事から、副菜が減り、摂れるはずだったビタミン、ミネラルがとれなくなるなかで健康維持にプライオリティが上がってきたんです。
さらには、人口90億、人生100年を人類として初めて迎えるいま、地球環境がもたなくなった。ヘルスケアだけでなく、サステイナビリティにもこの先もっと意識する必要が出てきます。
──いつもの麺やパンより数十円高くても経済的合理性がありますね。
そう感じていただいた方の定期購買が僕らのビジネスを支えています。かといって、短絡的な売上増を目指しているわけじゃありません。
10年後、30年後に「BASE FOOD」が標準食になる。それこそが真のゴールだと思っています。電気、水道、ガスといったインフラのように「健康」を当たりまえの世の中にする。そのためには、やっぱり僕らの主戦場は「主食」だと思っています。
──BASE米、BASEうどん、いくらでも横展開できそうですね。
開発はシンプルです。栄養バランスがよくおいしい主食の生地をつくり、それを伸ばして切れば麺。もっと細かくすれば米やクスクスにもなるでしょう。発酵させて焼けばパンになる。そこの技術はもうあるので、いつでも開発ができます。
でも、その前に栄養バランスを保ったまま、味をどこまで向上させるか。コアをアップデートしていくことが先決ですね。
──主食をどうカスタマイズしたり、家庭ごとにアレンジするか。そこも気になりますね。完全食でも“おふくろの味”が成立するかとか。
ベーグルって同じ形、同じ食感でもめちゃくちゃ種類がありますよね。トッピングを変えたり、はさむ具材を変えたり。
東欧で誕生したベーグルがNYで暮らす人たちのために最適化されたように、東京やサンフランシスコに暮らす人のための「BASE PASTA」「BASE BREAD」としてコアをアップグレードしていった先に、いろんな食べ方でバリエーションが増えたら嬉しいですね。
フードテックは食の未来をどう変える?
ここ数年、完全食をあつかう日本のブランドが増え、市場も拡大してきた。ヘルスケアだけでなく、サステイナビリティの観点からも完全食を選ぶ人たちが増えていると橋本氏。フードテックの1ジャンルを担う「完全食」の現在地と、この先「BASE FOOD」が目指す未来について聞いた。
■進化する完全食
──2019年にグローバル展開を開始し、サンフランシスコにも拠点ができましたが、現在アメリカでの完全食事情ってどうなんですか?
フードテックでいえば、いま頭が良くなるサプリがビジネスパーソンや受験生のあいだで流行っています。脳内物質を良くする、脳に効くっていう。そういったスマートサプリのような成分を配合した完全栄養ドリンクを「ソイレント」は展開していたりします。
──完全食+サプリ。鬼に金棒じゃないですか(笑)
シリコンバレーのエンジニアたちが、脳をクリアにしたいときなんかにこれを飲む。完全食も栄養という観点だけでなく、結構柔軟に変化していますね。
当初は1食分をまかなっていたものも、最近は量を半分にしたり間食のような感覚だったり、普段の食事にプラスアルファしたり。そういったツールとしての使われかたにシフトすることで、市場がさらに広がっているように思います。
──同じフードテックでも、「ビヨンド・ミート」など代替肉市場をどう見ていますか?
将来的に肉を食べる量は減るんじゃないかと思います。完全食と同じようにヘルスケア、サステナビリティの観点からも需要が高まっているのもわかります。
「ビヨンド・ミート」を含む代替肉市場は2025年までに3兆円規模に成長するだろうと言われていますが、「BASE FOOD」にもそれくらいの価値があると自負しています。だって、「ビヨンド・ミート」が考えている世界観に対して「そうじゃない未来」を描けている企業で、しかも事業展開できているのは、たぶん世の中で僕らくらいですから。
──この先、僕たちの「食」はどう変化していくと橋本さんは想像しますか?
世の中の変化に対して、食品業界はどうしても動きが遅い。そこに歪みが生まれ、それがさまざまな社会問題として表面化してきます。本当ならば、もっと地球環境にエコフレンドリーな食の開発だったり、生活習慣病を抑えるような食事が必要なはず。
でも、どうしても後手に回らざるをえない。だから僕らのようにアウトサイダーな人間が食品業界に参入し、動かしているという社会構造のように思います。これからさらに増えてくるんじゃないかな。
──これまでの「食」だけでは立ち行かない現実。完全食をはじめとした「フードテック」がそこをいかに補完するかに注目ですね。
「食」は人間が生きるうえでのツールでもあります。ツールは進化しないと不便が生じる。スマホのように。そう意味ではiPhoneのようなガジェットと同じ感覚かも。
でも、本当はスマホなんかより欠かせないツールじゃないですか。勝るとも劣らない利用頻度と必需品ですからね。そう思うと、可能性はまだまだありますよ。
BASE FOOD