微生物から世界を変える。酒井功雄が考える「希望的な地球の未来」

グレタ・トゥーンベリの出現は間違いなく世界を大きく変えている。彼女が始めた活動である「Fridays For Future」は、ここ日本でも「Fridays For Future Japan」として受け継がれた。その設立に関わっているのが、2001年生まれの酒井功雄さん。2021年度のForbes誌「日本発『世界を変える30歳未満』30人」の1人も選ばれた彼だが、彼の掲げるテーマは「気候変動を微生物中心の未来で考えること」や「脱植民地主義を探求すること」だ。

「気候変動」「微生物」「脱民主主義」これらのキーワードが彼の頭脳の中で、どのように絡まり合っているのか。様々な経験と研究に裏付けされた彼の躍動感ある大切な言葉の数々に呑まれそうになりながらも、ミクロの視点からマクロの視点までを熟知している酒井さんは、彼が考える「気候変動」について、優しく分かりやすく語ってくれた。

酒井功雄

アーラム大学3年。2001年東京都中野区出身。2019年に気候ストライキ、”Fridays For Future Tokyo”に参加。2021年には英国でCOP26に参加。現在は米国インディアナ州の大学において、平和学を専攻。 Forbes Japan 世界を変える30才未満の日本人30人選出。

「平和学」を専攻するまで

 

——酒井さんは、幼少期はどんな子供だったんでしょうか?

 

小さい頃は元々、鉄道オタクでしたね(笑)小学生の頃は、電車の駅名や型式を覚えたりとか。中学生になった時には撮り鉄になって、電車の写真をたくさん撮ってました。

 

——今は大学で研究もされていると思うんですが、もともとオタク気質な部分があったと。

 

それはあるかも知れません。今振り返っても、オタクになるジャンルがだんだん変わっていっただけじゃないかと思ってます。鉄道がアイドルになって、そこから気候変動になって(笑)

 

——なるほど。そして、その後、高校はアメリカに留学されたんですよね。

 

小学校5年生の時に『20歳のときに知っておきたかったこと』という本のなかで、アメリカの大学の授業の様子を読んだことがきっかけでした。日本にはない面白そうな勉強ができる場所に行ってみたいと思い留学をしました。

 

——現在はアメリカ、インディアナ州のアーラム・カレッジに通われていると伺ってます。現在の専攻は何になるんでしょうか?

 

専攻は、平和学というものを取っています。平和学って、日本では僕も全然知らなかったんですけど、英語では「Peace Studies」といって、平和や暴力とは何かみたいなところから考えていく学問です。

 

——具体的にはどんな内容なんでしょうか?

 

実は元々、平和学を専攻するつもりはなくて、環境学や気候変動に関する専攻を考えていました。けれども大学の授業を受けていく中で、今の気候変動がなぜ起こってきたんだろうかっていうことの根本を考えていくと、 結局資本主義によって環境がどんどん破壊されていることを知ったんです。じゃあ、その「資本主義で環境破壊する」っていうことを肯定した文化はなんだったんだろうと考えると、自然をコントロール可能なモノとして捉える「西洋の機械的な自然観」が根底にあると知りました。

平和学科の授業の中では、西洋の植民地主義の歴史だったり、その構造が今もずっと残ってるってことを教わって、自分はサイエンス的に気候変動のことを考えたいというよりは、根本的に気候変動を引き起こした文化の部分を変えたいなと思って、平和学を専攻することにしました。

 

インディアナ州でのカレッジライフ

 

——アメリカの大学生活、普段はどんなことされているんでしょうか?

 

アメリカいる時は、めっちゃ勉強に集中していますね。あと、めちゃくちゃ自炊してますね。

大学にはテーマハウスというものがあって、アフリカ系の人が住む家とか、ラテン系の人が住む家なんかがあるんです。その中の1つに瞑想好きな人が住む「マインドフルネスハウス」というテーマハウスがあり、自分はそこで毎週瞑想をリードしながら住んでいます。

 

——そんなのがあるんですね。それは学校が持っているんですか?

 

学校が一軒家をいくつも持っていて、そこに住んでるんですよ。そこで友達と瞑想したりしています。インディアナ州はなかなか娯楽が少ないので(笑)

東京での刺激がめちゃくちゃある分、アメリカに戻ってくると、本当に集中して論文いっぱい読んで知識入れて、エッセイを書いてます。ある意味で、考えを発酵させる時間なのかなと。

 

——日本でのキャンパスライフのイメージとはかなり離れてますね(笑)

 

結構なんかナード(ある分野にのめり込む性格の人)の友達が多いので、お酒飲んだりしても、授業で読んだ論文の話をするみたいなことが多いです(笑)

 

©Isao Sakai

鳥取県のパン工房と山形県の山伏修行での学び

 

——酒井さんのブログを拝見させてもらったのですが、去年1年間は休学して、「微生物」と「アニミズム」のことを研究されていたと。ブログには、かなり興味深いお話が書かれているんですが、そのことについても改めて伺いたいです。

 

実は、大学にインドでチベット仏教を学ぶプログラムがあって、去年の秋に参加する予定だったんです。ただ、それがコロナの影響でキャンセルになってしまいまして。

その時、大学卒業までの残された生活のことを考えたときに、全部予想できてしまったんですよね。自分は未来が予想できる状態が嫌いで。そこで、自分の立ててしまった想定を壊したいと思い、休学を決めました。

その時に、何かできることがないかなと思って、鳥取県にあるパン工房「タルマーリー」でのインターンと山形県での山伏修行の体験をアメリカから申し込みました。

 

——また個性的な選択ですよね。「タルマーリー」というお店は初めて伺ったんですが、どのようなお店なんでしょうか?

 

オーナーの渡邉格・麻里子夫妻は『田舎のパン屋が見つけた「腐る経済」』や『菌の声を聴け』といった本を出版している方で、発酵だけのことでなくて、ポスト資本主義のことを考えているパン屋です。

自分が大学で微生物のリサーチをお手伝いするインターンをしている時にタルマーリーの本を読んだんですよ。その内容がとても面白かったんです。

これは本の中にも書かれていることですが、タルマーリーでは天然酵母でパンを作られています。そこで使う麹菌は米を外に置いておき、降りてきたカビからパンを作るんですが、緑色のカビがパン作りに使える良い菌だそうです。しかし、どのようなカビが現れるかは周囲の環境の影響がすごく大きくて、例えば、農薬が散布された後だと黒カビになったり、排気ガスが多いと灰色のカビが出たり。びっくりしたのが、あるスタッフさんが辞めそうになった時には青カビが出たりしたそうです。

ここで、微生物と人のコミュニケーションが生まれているのが面白いなと思いましたね。実際に渡邉夫妻にお話を聞いていると、理想の菌が降りてくる環境を求めていたら、自然に空気や水が綺麗な環境にたどり着いていたということを知り、気候変動を解決した社会を考えるために微生物がヒントをくれるのではないかと考え始めました。

 

©Isao Sakai
タルマーリーのオーナー一家と

 

——カビにそんな反応があることは全く知りませんでした(笑)本もとても気になるので、読んでみようと思います。山伏修行の話も伺いたいんですが、こちらは口外できないということですよね?

 

そうなんです(笑)具体的な修行の内容に関しては、大枠以外は言えないことになってます。

内容としては、山形県にある出羽三山の1つ羽黒山に山伏修行体験というものがあって、簡単にいうと、白装束を着て山に入って、滝行などの修行をしたりしました。何かを考えるっていうよりは、身体を体験させるっていうことが大きな学びです。

白装束って薄いじゃないですか。ダイレクトに自然を感じることができるし、同時に煩悩もめちゃくちゃ感じることができました。

自分は山を登っている時に不思議と懐かしい感じがして、頭が考えることよりも身体が何を感じるかということをこの修行で学べました。

 

気候変動は社会を変革するチャンス

 

——詳しく聞きたい話がとても多いんですが、ちょっと話題を変えて。酒井さんが今までで一番影響を受けた本はなんでしょうか?

 

ありすぎて、なかなか一冊を選ぶのが難しいのですが(笑)

人類学者の奥野克己さんと哲学者の清水高志さんが対談している本で、『今日のアニミズム』という本があります。個人的に、気候変動を解決した世界、つまり人間と自然が相互にケアした関係性になった世界の形を思い描くなかで、万物を神をとして敬うアニミズムの世界観がシステムとして理にかなっていることに気づき、アニミズムに関心を持っています。この本は仏教学と文化人類学の観点からアニミズムを深く学ぶきっかけになりました。

あとは、『腸と森の「土」を育てる~微生物が健康にする人と環境~』という本があって、これは自分が微生物に関するプロジェクトをやっていたときにメンターをして下さった桐村里紗さんが書かれた著書です。この本では、「人間が健康になるためには、地球が健康でなければならない」ということを主題に、人間の腸内の微生物と環境の微生物が繋がっていることが分かりやすく書かれています。

この2冊は、自分が気候変動のことを考える上で、とても影響を受けていますね。

 

——なるほど。酒井さんの考えている気候変動に対する思いの基盤が見えてきた気がします。

 

あ、あともう1冊ありました!まだ邦訳されていない本で、『The Ministry for the Future』という本があって、これは気候変動をテーマにしたフィクション小説なんですよ。気候変動が解決した未来が描かれているんですが、これを読んだら未来に凄く希望が湧きました。

気候変動をテーマにすると、絶望的になることが多いじゃないですか。この本では、今あるテクノロジーや再生農業などのシステムを使って気候変動を解決するという未来が、とてもイメージしやすい形で書かれているんです。

希望的な未来を描くことができるんだと、とても影響を受けた1冊です。実際に、アメリカに帰国する前の2023年1月にはこの本をテーマに、気候変動の未来を妄想するワークショップを開催しました。

 

©Isao Sakai
開催したワークショップの様子

 

——どれも凄く気になります。そもそも酒井さんが気候変動に興味を持ったきっかけは何だったのでしょうか?

 

高校に留学した際に、ホストファミリーの推薦で環境科学の授業を受けて、勉強していたら、気候変動に関する負の循環をたくさん知って、衝撃を受けました。

その後日本に帰国した際に、ちょうど気候変動ストライキのアクションで注目を集めていたグレタトゥーンベリのスピーチを目にしました。COP24でのスピーチの中で彼女が、「2070年に私たちは、孫の世代から『なんで、あなたたちは時間がある時に何もアクションしなかったんだ』って言われるんじゃないか」という話をしていて。

自分、今2歳と7歳の妹がいるんですけど、妹たちの世代が一番影響を受けるのに、妹たちはまだこの問題を理解できないと分かって、自分にはアクションを起こす義務があるのかなと思いました。

 

——責任感ですか……。

 

はい、けれど今は気候変動に関するアクションをしている理由が変わっていて……。責任感だけでやっていたら1度バーンアウトしてしまったんですよね。怒りが湧いてこないみたいな……。

今自分が活動を続けているのは、地球規模的な危機だからこそ、いろんな分野が気候変動を基点に変わっていかなきゃいけないってことに気づいたんですよね。金融もそうだし、産業や経済もそうだし。

すると、これはすごい危機だけど、同時にいろんな分野が変わっていくところを一気に目撃できるチャンスだと思ったんです。なんなら、その変化の一部に自分もなれるんだってことに気づいて。じゃあ、この変化の一番最前線で関わることで、自分もより良い世界のために貢献できるんじゃないかと感じています。

気候変動は危機だけど、社会を自分たちの手で変えていくことができるチャンスだと思ってます。

 

——なるほど。では、これが最後の質問になります。酒井さんは、微生物の可能性をどのように捉えているのでしょうか?

 

これに関しては、はっきり言えることがあります。自分は微生物のことを、「人間のウェルビーイング」と「地球のウェルビーイング」を達成するために、その2つを接続してくれる存在だと思ってます。

というのも、人間の体内には1000兆以上の微生物が住んでて、特に大腸に住んでいる微生物が多いんです。「腸脳相関」とも言われるんですけど、腸の微生物の状態が、メンタルヘルスにも影響を与えているんですよね。

そして人間が健康であるために必要なことを探っていくと、自分の体内の微生物も健康であることが大切です。体内の微生物というものは、元は食事や呼吸を通じて自然界から入ってきます。微生物は多くが土で生きているので、腸内の健康と土壌の健康状態は繋がっているんです。

それを気候変動に関連させると、農薬や森林破壊によって、土壌の生態系が破壊されているんです。土の中の微生物のネットワークは今地球上で増えている二酸化炭素量の全てを固定できるくらいの潜在性もあると言われています。

「土が健康である」ことは、生態系を再生し気候変動を根本から解決するのに必要なんです。つまり、微生物が健康な世界を求めたら、結果として人間も地球も健康になると思っています。微生物ケアをもっと広めることができたら、健康のために良いからとか、綺麗になるから食べていた野菜が、周り回って地球を再生させていたということに繋がるかなと考えています。

 

これからの世界を創りあげていくであろう

新時代の『イノベーターズの頭の中』を覗いてみよう。

Top image: © Isao Sakai
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。