ヒグマが冬眠中でも「血栓症」にならないワケ
わたしたちが突然の病気やけがなどで入院し、一時的に動けない状態になったとき、気をつけなくてはいけないのが「静脈血栓症」だ。
静脈血栓症とは、長時間・長期間動かずにいることで血液中に血のかたまりができ、血液の流れを止めてしまう病気のこと。血栓症になると、細胞が壊死して機能障害を生じてしまう。血栓のできる場所や程度によっては命に関わることもある。
ベッドで寝たきりとなる入院中だけでなく、乗り物での長距離移動、 デスクワーク・ 劇場や映画館などでの鑑賞中にも起こりうる身近な病気だ。
しかし、ふと冬眠中のクマを思い浮かべてみると、彼らは冬のあいだ何ヵ月も動かずに過ごすのに、そうした血栓症を発症することはない。私たちとクマのこの違いは、いったいどうして生まれるのだろうか?
その疑問の答えが、先日ある研究チームによって解明されることとなった。
彼らは冬眠中のクマがどのように血液を循環させているのかを明らかにするため、ヒグマの個体群を研究している生物学者と共同で研究を開始。生物学者たちは、クマ13頭の冬眠中の血液と、夏の活動中の血液をそれぞれ採取し、検査を実施した。
すると、冬眠中のクマと活動中のクマの血液では、なんと150種類以上のタンパク質の量が大きく異なることが判明。
なかでも血液を固める血小板のタンパク質に着目すると、その量に最も顕著な違いがみられた血小板タンパク質は、「ヒートショックプロテイン47(HSP47)」だということが明らかになった。
HSP47は、血液の凝固を促進するはたらきを持つタンパク質であることから、活動中のクマにとっては切り傷の応急処置や止血に役立つ。
しかし、巣穴の中で安全に冬眠しているクマにとってこのタンパク質は、かえって血液の流れを悪化させ血管をふさぐものとなってしまう。そのため、冬眠中に限りHSP47の発現量を抑えるようにしているというわけだ。
そして研究チームは、体を動かすことのない人が同様のメカニズムで血液凝固を防ぐことができるかについても調査を実施。
実際に脊椎損傷の経験がある患者の血液サンプルと、活動的な患者のサンプルを比較してみると、なんと慢性的に動くことのできない人たちの血液には、冬眠中のクマと同様にHSP47タンパク質が少なかったという。その実、人間にも血液の流れを止めないようにする機能が備わっていたのだ。
しかし、病気や怪我で短期間動けなくなった場合に関しては、脊髄損傷で慢性的に動けない場合よりも血栓症になりやすいそうだ。
ほかにも、移動の制限下にあるブタや実験用マウスの血液にも、同様のパターンがあることが判明。このことから研究グループは、HSP47タンパク質の発現を抑えることが、長時間の安静時に血液凝固を防ぐために哺乳類全体に備わっているメカニズムである可能性を指摘した。
今回の発見が、わたしたちが思わぬ重大な血栓症を引き起こさないための新たなヒントとなり、予防法の発展につながることを期待したい。