「全乳」回帰はなぜ? プロテイン時代の先に見える、食の“原点”という選択肢

プロテイン、オーツミルク、そして、意外にも全乳へ――。私たちの食に対する意識は、常に新しい波に乗りながら変化を続けている。

健康志向の高まりはプロテイン製品の一大ブームを牽引し、スーパーの棚には多種多様なプロテインバーやドリンクがひしめく。いっぽうで、乳製品に代わる選択肢としてアーモンドミルクやオーツミルクなどの植物性ミルクも、すっかり食生活に定着した感がある。

しかし、その潮流に今、興味深い変化の兆しが見え始めている。米オンラインメディア「The Business of Fashion」が報じた記事は、そんな食トレンドにおける新たな視点を私たちに投げかけている。

加熱するプロテイン市場と
植物性ミルクの“次なる章”

近年のプロテイン人気は、まさに飛ぶ鳥を落とす勢いだ。「富士経済グループ」の市場調査によれば、日本のプロテインなどのタンパク補給食品市場は、2023年に2,687億円(前年比4.3%増)に達し、その成長は止まるところを知らない。背景には、健康やウェルネスへの関心の高まり、SNSを通じたフィットネス文化の広がりがあることは明らかだろう。

しかし、このプロテインへの熱狂を、「The Business of Fashion」は「(Protein Panic)プロテインパニック」と表現し、一歩引いた視線を向ける。記事中で、食品業界のトレンドアナリストである Andrea Hernández 氏は、「私たちはプロテインに対して少しパニックになっているように感じます」とコメント。消費者が求めるあまり、あらゆる食品にプロテインが添加される現状を指摘している。

このプロテインブームと時を同じくして、2010年代には乳製品を避ける動きから代替ミルク市場が急速に拡大した。たとえば「グローバルインフォメーション」の市場調査レポートによれば、世界の乳製品代替市場は24年に323億8000万米ドルと評価され、32年までに911億5000万米ドルに達すると予測される(年平均成長率13.85%)。乳糖不耐症やアレルギー、環境負荷への配慮など、その理由はさまざまだ。

だが、同記事は、代替ミルクの流行も成熟期を迎え、消費者はその成分や生産背景により注意深い目を向け始めていると分析する。たとえば、一部の代替ミルクに含まれる乳化剤や添加物、アーモンドミルク生産における大量の水使用といった環境負荷の側面など。登場初期の「クリーン」なイメージだけでは語れない現実が、消費者の間で意識され始めているのかもしれない。

なぜ今、“ただの牛乳”なのか?
売上6%増が示す、全乳の意外な魅力

こうしたプロテイン信仰と代替ミルクブームの陰で、あるクラシックな飲み物が静かに再評価の動きを見せている。それが「全乳」――つまり、成分無調整の牛乳だ。同記事によると、米国のオーガニックミルクの売上は、24年6月時点で前年比6%増を記録。この成長を主に牽引しているのが、ほかでもない全乳だという。

かつて脂肪分を理由に敬遠されがちだった全乳が、なぜ今、再び注目を集めているのだろう?記事が挙げる理由の一つは、その「シンプルさ」。加工度が低く、添加物も少ない全乳は、複雑な成分表示が並ぶプロテイン製品や一部の代替ミルクと比べ、より自然な食品として消費者の目に魅力的に映っているようだ。

また、長らく続いた「低脂肪・無脂肪こそ健康的」という考え方が見直され、脂質の重要性や質の高い脂肪に対する理解が深まってきたことも大きな要因だろう。全乳ならではのリッチな風味や満足感は、代替ミルクでは得難い魅力として再発見されている。

さらに同記事は、牛乳のイメージ自体にも変化が見られると指摘する。90年代から2000年代の「Got Milk?」広告に代表される親しみやすいイメージから、近年では人気ドラマの登場人物などが牛乳を飲む姿が、より洗練され、ある種の「セクシーさ」や「クールネス」を帯びて描かれるようになっているという。これは単なる懐古趣味ではなく、牛乳が持つ本質的な価値と現代的な感性が響き合い、新たな魅力を生み出している証左といえるのかもしれない。

「ホールフード」と「自分らしい選択」

プロテインへの傾倒、植物性ミルクの隆盛、そして今、全乳への回帰。これらの動きは、私たちの食に対する価値観がいかにダイナミックに変化しているかを物語っている。

過度な栄養素偏重や高度に加工された食品への依存から、素材そのものの力を活かした「ホールフード」や、より自然でバランスの取れた食事へと人々の関心がシフトしている。情報が溢れる現代だからこそ、自分にとって本当に必要なもの、心から心地よいと感じるものは何かを真剣に問い直す動きが、そこにはあるのではないだろうか。

もちろん、プロテインや代替ミルクの価値が失われたわけではない。それらは今後も多くの人々にとって重要な食の選択肢であり続けるはず。しかし、そこに全乳という、ある意味で原点ともいえる選択肢が新たな輝きを伴って再び注目されることで、私たちの食卓はより多様で、よりパーソナルな彩りを増していくのではないだろうか。

一つのトレンドに無批判に飛びつくのではなく、それぞれの特性を理解し、情報に流されることなく、自分自身の身体の声やライフスタイルに合ったものを選び取る。そんな主体的な姿勢こそが、これからの時代におけるもっとも「クール」な食との向き合い方なのかもしれない。

Top image: © iStock.com / dragana991
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。