「人を良くする」原点回帰の場。書籍『「食」から考える発想のヒント』より
外国人シェフ最年少でミシュランガイドの星を獲得した松嶋啓介の近著がおもしろい。食を通した「発想のヒント」が散りばめられていて、普段包丁を握らない人にこそ読んでもらいたい一冊です。
以下、『「食」から考える発想のヒント』(実業之日本社)より、抜粋して紹介。立ち読み感覚でドーゾ!
栄養バランスよりも大切なもの
ぼくは、人から「ふだんの食事で気をつけていることは何ですか?」と訊かれると、必ず「家族そろって食事をとることです」と答えます。
質問の意図としてはおそらく、「栄養のバランス」とか、「一汁一菜を心がける」といった答えを期待されているのはわかります。でもぼくにとっては、何を食べるかより先に、家庭で料理をつくって、みんなで食卓を囲むことこそが、いちばん大切な“食”のありかたなんです。
祖父が農業を営んでおり、子どものころにはよく遊びに行って仕事を手伝い、その日に採れた野菜や絞めた鶏を味わった経験が、食に対する意識の原型を作りました。
母親の料理も盛り付けなどは二の次、育ち盛りのぼくと兄の健康を第一に考えて、栄養バランスに気を配り、必ず家族全員で食卓を囲んでいました。このときに、家族で楽しく食事をとることを学んだように思います。
食卓は料理をつくる“親の愛情”にあふれています。
毎日の食卓から、自然と食に対する意識が育まれ、同時に「料理」とは、特別な知識がなくても、子どもの育成を根本から支える理に適っているのです。
ひと昔前までは、家族ごとに必ず“食卓”がありました。母親や祖母の作った料理を、家族全員で囲んで食べる。そんな日々の営みを振り返えると、今、明らかに食の環境が変わっていることに気づくと思います。
家庭から食卓が失われ、ひとりで別々に食事を取ることが多くなった現代は、いわば「孤食の時代」。
食という、家族のいとなみが、どうしようもなく切ない寂しさに晒されてしまっています。これは、よく考える必要がある問題だと思います。
「人を良くする」
原点回帰の場
「食」とは「人を良くする」と書きます。
ぼくは、食こそ人間が生きていくうえでの原点だと思っています。「食」変われば身体が変わり、人格が変わり、生活が変わります。
季節の食材をそろえて、料理をして、温かいうちにみんなで食べる。盛り付けや見た目が適当でも、栄養が調った料理であればそれで十分。子どもの将来のために、家族の健康のために料理をつくることは、食に託された本質的なメッセージなんじゃないでしょうか。
これは人類史上、「食卓」がずっと担ってきた重要な役割。料理は自己満足の道具ではありません。食べる人の中で完成し、未来へ生命を繋いでいく原点なんだと思っています。