シェフ松嶋啓介の「ラタトゥイユ」が教えてくれたこと

シフト制で手づくりのランチを楽しむTABI LABO。創業当時から、みんなでつくって一緒に食べることを、大切なカルチャーと捉えてきました。ともすれば、「食べること」の大切さを忘れがちなスタートアップでも、メンバーの結束力を高める“同じ釜の飯”は私たちにとって、いわばアイデンティティの源泉。

こうした想いは、どこかでKEISUKE MATSUSHIMAのオーナーシェフ松嶋啓介さんの哲学、「食卓で心を育む」という考えに通ずるものがあるんじゃないか。ダメ元のつもりで、私たちはTABI LABOで料理教室の開催を松嶋さんにオファーしてみました。

松嶋啓介 × TABI LABO
“出張”料理教室

ニースに拠点を置く松嶋さんが主催する人気の料理教室、本来は東京の店舗で定期的に実施されています。あれをTABI LABOのオフィスで、それも実際にメンバーたちが手を動かすことで参加できないか。

無理なお願いをすべて受け入れ、ついに実現した急造のレッスン。私たちのために氏が用意してくれたメニューは「ラタトゥイユ」でした(実際の料理教室でも、すぐに予約で埋まる人気メニューなんだそう)。

そして、一緒につくったこの料理が、私たちが大切にしてきたはずの食事のなかにあった「誤解」に気づかせてくれたのです。

レシピは生きるためのノウハウ
食を楽しむためのものじゃない。

南フランスで採れる夏野菜を使ってつくるラタトゥイユは、自然の豊かさを伝える家庭的な郷土料理。そこに松嶋さんのロジックが加わるだけで、驚くような進化(アレンジではなく)を遂げるのです。

松嶋流ラタトゥイユを構成するのは、にんにく、玉ねぎ、トマト、パプリカ、なす、ズッキーニ、塩、タイム。どれかひとつ欠けても、ましては他の食材を加えては、「ただの“ラタトゥイユ風”になってしまう」、と語気を強める松嶋さん。

「時短」や「味の濃さ」を求めてレシピを変えてしまえば、コンセプトそのものがずれてしまう。

胸の奥で何かが弾けた音を聞きました。

限られた時間内に人数分の料理をつくって食べる。「どうつくるか」よりも「何をつくるか」を優先するあまり、いつからか自分たちは、その目的ばかりに追われていたんじゃないだろうか。大切にしてきたはずの“同じ釜の飯”、はたしてそのコンセプトを保てているのだろうか。

作業になってしまったら、それはエサと同じだからね。

すべて一瞬で見抜かれていたようで、顔が紅潮していくのを感じました。

手間と暇をかける。「愛情」だよね。

すべて角切りにして煮込むだけなら10分で終わる。けれどそれでは“もどき”にしかならない。松嶋さんのラタトゥイユづくりは、野菜の切り方から意味が込められていました。

基本は細切り、でも食材に合わせて1つずつ厚さを変えていきます。カットした野菜ごとにじっくり熱を入れていく。素材の持ち味を引き立たせるポイントです。わざと焦げ目を入れることでコクを生み出す。こうすれば固形コンソメだって必要ありません。ゆえに、味付けは塩のみ。

食べてもらう相手の体調や気分をおもんぱかり、なさけ(情け)をかける。なさけとは、本来「思いやり」を表す言葉だと、松嶋さんの料理が教えてくれました。

手間と暇をかけるから、「愛情」なんじゃない?

原稿を書くのだって、人間関係だって、料理だって、ものづくりに共通することはみんな一緒ですよね。

食卓からだって、
人生は育まれていくんだよね。

松嶋さんの手ほどきを受けながら、どうにか完成したラタトゥイユは、なぜか心をほっとさせました。緊張がほぐれたから…もあるかもしれません。ただ、押し寄せてくるのは、妙に懐かしい感覚。初めて食べる味なのに。

どこからか「実家に帰りたくなるー!」の声。半分は冗談なんだろうけれど、このときばかりは他にふさわしい言葉が、私にも見つかりませんでした。田んぼに囲まれた千葉の田舎町に育った私に、この味の記憶があるはずもない。それでも、あの“懐かしさ”に母の味の記憶がどこか重なって思えたのかも。

いつか、TABI LABOを離れたとしても、思い出がよみがえってくるような料理をつくることができるだろうか。幸いにも同じ釜の飯を食う、一人ひとりに寄り添うことはできるはず。共につくり共に食べる、そのために大切にしなければいけないこと。それをラタトゥイユが教えてくれました。

この日の翌日、主戦場に戻った松嶋さんの料理教室を見学に行きました。メニューは私たちにも用意してくれた「本当のラタトゥイユ」です。対面するカウンターキッチンに身を乗り出すようにして話を聞く参加者たちが、どれだけ熱心な表情をしていたことか。

いま、松嶋さんは「食を通して、美しく豊かに生きる喜び」を、こうした料理教室や講演の場で伝えているほか、カラダだけでなく心にも健康な食事のあり方を提言しています。

ところで、ラタトゥイユのレシピがどんなものだったか。それは、ぜひご自身で体験してみませんか?原宿「KEISUKE MATSUSHIMA Tokyo」で開催される料理教室、8月11日(金)は、まさにそのラタトゥイユです。詳細はこちらから。

松嶋啓介

2002年、25歳の誕生日に南フランス・ニースにフレンチレストラン『Kei's Passion』を開店。2006年にはミシュランガイドで一つ星を獲得。現在は店名を『KEISUKE MATSUSHIMA』に改め、“食を通して、美しく豊かに生きる喜びを、世界中の人々にお届けすること”を使命としている。

Photo by Mami Higuchi(TABI LABO)
TABI LABO この世界は、もっと広いはずだ。