声なき者の肖像、174年の時を経て子孫の元へ。ハーバード大学、歴史的和解で写真返還

19世紀半ば、偽りの科学を証明するために撮影された、奴隷状態に置かれた人々の肖像写真。その所有権をめぐる6年間の法廷闘争は、歴史的な和解をもって一つの区切りを迎えた。

この一件は、過去の不正義と現代の機関がどう向き合うべきか、という根源的な問いを投げかける。

ハーバード大学、歴史的写真の所有権を放棄

米ハーバード大学は、奴隷化されたアフリカ人男女の写真をめぐる訴訟において、写真の所有権を放棄することで原告と和解した。原告は、写真に写る男女の直系の子孫であるタマラ・ラニアー(Tamara Lanier)氏。

彼女は2019年、大学が写真を不当に所持しているとして提訴していた。

問題の写真は1850年、銅板に画像を焼き付ける「ダゲレオタイプ」という初期の写真技術で撮影されたもので、被写体はラニアー氏の祖先であるレンティ(Renty)と、その娘のデリア(Delia)だ。

写真は今後、サウスカロライナ州チャールストンにある国際アフリカン・アメリカン博物館に移管される見込みだという。ラニアー氏は記者会見で、この結果を「アメリカ史の転換点」と表現している。

偽科学の遺物と、子孫の尊厳をかけた闘い

これらのダゲレオタイプは、当時のハーバード大学教授ルイ・アガシー(Louis Agassiz)の依頼で撮影された。

彼は、白人人種の優位性を説く人種差別的な偽科学理論の支持者であり、その「実験」の一環として、レンティとデリアに上半身裸になることを強いて撮影させたとされる。写真は被写体の人間性を剥奪するような性質を帯び、長年大学の博物館に保管されてきた。

ラニアー氏は、母親から語り継がれた「パパ・レンティ」という祖先の物語を頼りに自身のルーツを調査し、写真の存在を突き止めた。2017年に写真の返還を求めたものの、大学側は彼女の血縁関係に疑問を呈して拒否し、法廷闘争へと発展。

当初、裁判所は「写真は撮影者の財産」という判例を基にラニアー氏の訴えを退けたものの、2022年にマサチューセッツ州最高裁判所が「大学による画像の継続的な使用が引き起こした精神的苦痛」に基づく訴えを認めたことで、事態は大きく動いた……というのが、今回の和解への転換点になったと考えられる。

文化財返還をめぐる世界的潮流に投じられた一石

ラニアー氏の弁護士は、この和解が持つ今日的な意味を強調する。

彼女自身も、この結果は「倫理的な管理責任の勝利」だと語った。その言葉は、奴隷制や植民地主義の負の遺産を保有する機関に対し、法的な所有権の主張を超えた行動を促すものだ。

この動きは、近年世界的に活発化している文化財返還の潮流と共鳴する。例えば、2022年にドイツ政府は、植民地時代に略奪した数多くの「ベニン青銅彫刻」をナイジェリアに正式に返還することを発表。

一方で、大英博物館が所蔵するパルテノン神殿の彫刻群(エルギン・マーブル)をめぐっては、ギリシャが長年返還を求めているものの、交渉は難航している。

このような状況の中、ハーバード大学の今回の決断は、歴史的遺物の扱いに関する議論において、子孫や由来するコミュニティの声を尊重する重要な前例となるかもしれない。

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