パタゴニア×酒蔵300年の挑戦──日本初のROC認証が示す農業転換点

現代の工業型農業が地球全体の温室効果ガス排出量の最大25%を占めるという事実は、食のあり方が気候危機に直結していることを示している。この世界的な課題に対し、日本の伝統的な「里山」の知恵が最先端のソリューションとなり得るという、驚くべきニュースが届いた。

福島県の老舗酒蔵と環境活動で知られるアウトドア企業「パタゴニア」が手を組み、日本初となるリジェネラティブ・オーガニック認証(Regenerative Organic Certified®/ROC)を取得した日本酒を世に送り出した。

環境問題への取組みといえば、これまでは「持続可能(サステナブル)」や「有機栽培(オーガニック)」が主流。しかし、気候変動の脅威が加速する現代において、もはや現状を維持するだけでは不十分であり、「環境を再生する」という一歩先の行動が求められている。

本稿では、同社のリジェネラティブ・オーガニックに関する解説記事を参考に、この日本酒が示す「再生型農業」の新しい地平を、その背景にある壮大なグローバルな潮流とともに紐解いていく。単なる一製品の誕生ではなく、300年以上の伝統と世界の最先端が交差した、未来への希望を宿す一本の日本酒について考察。

里山の叡智が満たした
世界最高峰の承認基準

©パタゴニア日本支社

福島県郡山市に蔵を構える「仁井田本家」と、パタゴニアの食品部門であるパタゴニア プロビジョンズとの協働によって生まれた日本酒「やまもり2025」は、日本酒として初めてリジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)を取得した製品である。

2025年12月11日に発売されたこの日本酒は、単なるオーガニックを超越した複雑で厳しいROC認証の要件を、日本の伝統的な里山文化の知恵をもって満たしたことにもっとも大きな価値がある。

仁井田本家は、300年以上の歴史の中で、農薬・化学肥料を使わない水田稲作、自社山の杉を使った木桶作り、そして植林による水源(山)の健全な管理を続けてきた。彼らが守り続けたこの伝統こそが、土壌の健全性を核とし、人間・動物の福祉を尊重するというROC認証の厳格な「環境」の側面を見事に体現していたのだ。

里山とは、自然と人間が共生し、持続的な資源循環を可能にしてきた日本の知恵の結晶である。ROC認証は、このローカルな叡智を、グローバルに通用する「再生(リジェネラティブ)」の基準として再評価したと言える。

このROC認証の根底にあるパタゴニアの思想は、創業者のイヴォン・シュイナード氏が、現代の工業型農業が地球全体の温室効果ガス排出量の最大25%を占めるという現状に対し、ROC農法こそが「食のあり方を通じて気候や自然の危機に立ち向かう手段」であると主張していることからも明らか。

パタゴニアは1996年にオーガニック農法への完全移行を達成した後、2017年にさらに一歩進んだ「再生」を目指し、ROC認証を他団体と共同で設立している。

サステイナブルの次へ
気候変動を食い止める「再生」の価値

リジェネラティブ・オーガニック認証(ROC)は、従来のオーガニックが「環境に悪影響を与えない」という”保全”の視点に立つのに対し、「環境を積極的に改善・再生する」という”創出”の視点に立つ。この「再生(リジェネラティブ)」の価値は、気候変動対策と社会貢献という複合的な要素によって構成されている。

ROCは主に三つの柱から成り立っている。第一に「土壌の健全性」であり、農法を通じて土壌の有機物を増やし、大気中の二酸化炭素を土中に固定(炭素隔離)することで気候変動を緩和することを目指す。第二に「動物の福祉」であり、アニマルウェルフェア(家畜の快適な生活)を考慮した飼育環境の実現。そして第三が、今回の日本酒の事例でも特に注目すべき「社会的公平性」である。

仁井田本家はROC認証の要件として、労働者の人権・福祉を満たすだけでなく、給与水準を地域の「最低賃金」ではなく、「リビングウェイジ(生活賃金)」を基準に設定している。リビングウェイジとは、人が尊厳ある生活を送るために必要な費用を賄えるだけの賃金のことであり、地域社会に貢献し、経済的な再生を促す取組みだ。

ROC認証は、単なる環境保全だけでなく、生産に関わるすべての人々の生活と社会構造の再生までを視野に入れた、未来の企業・製品に求められる複合的な価値観を体現している。

世界を変える日本のお米
ROC水田稲作ガイドラインの衝撃

「やまもり2025」の認証が持つ意義は、日本のローカルな伝統がグローバル基準で評価されたという点にとどまらない。それは、世界の食の未来に対する日本の具体的な貢献を示すもの。

世界の人口の約半分の主食である米の栽培方法は、環境負荷の大きさから長らくグローバルな課題であった。これに対し、ROCは25年7月に水田稲作ガイドラインを制定し、その策定にはパタゴニア日本支社が協力している。このガイドラインの制定により、世界の約30億人の主食である米の栽培方法を改善するためのグローバルな枠組みが誕生したのである。

日本酒「やまもり2025」は、この新しいガイドラインの制定後、その認証を初めて取得した日本酒として、ROC農法による米作りが日本の消費市場だけでなく、世界的な食糧問題・環境問題にいかに深く関わる「大きな一歩」であるかを訴えている。

この「再生」への潮流は、世界で加速度的に拡大している。25年11月時点で、リジェネラティブ・オーガニック認証は世界46ヵ国で約340ブランド、約2750製品に広がっており、すでに無視できないグローバルな規模で普及している客観的な事実がある。

米「ランドバーグ社」が27年までにすべての有機米をROC認証製品にする計画を発表するなど、世界の食品・農業の大手企業やブランドの間でROC認証の取得や推進は勢いを増しており、「リジェネラティブ・オーガニック」が「オーガニック」の次なる主流規格になるというグローバルなトレンドと、今回の「やまもり2025」の誕生は明確に結びついている。

300年の歴史を持つ日本の伝統的な里山の知恵が、世界に広がる「再生型農業」の最先端基準を満たし、そのモデルケースとなったという事実は、現代の日本が世界に対して発信できるもっとも強力なメッセージの一つだろう。

環境を保全するだけでなく、より良い状態へと再生させるROCの思想は、人類の生存、そして未来の食のあり方を左右する壮大な挑戦に注目したい。

©パタゴニア日本支社
©パタゴニア日本支社

『やまもり 2025』

【製品名】やまもり 2025
【容量・価格】720ml / 3,300円(税込)
【ECサイト】https://www.patagonia.jp/product/yamamori-niida-honke-2025/PRZ32.html

 

『やまもり2025 ミニ』

【製品名】やまもり2025 ミニ
【容量・価格】150ml / 900円(税込)

【製品名】やまもり2025 ミニ 6本 
【容量・価格】150ml×6本 / 5,400円(税込)
【ECサイト】https://www.patagonia.jp/product/yamamori-niida-honke-2025-150ml-6-bottles/PRZ53.html

Top image: © パタゴニア日本支社
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