僕の似顔絵アイコンにまつわる、ある奇跡的な物語ー佐々木俊尚ー
わたしがTwitterやFacebookで使っている似顔絵のアイコンは、南暁子さんというイラストレーターが描いている。このアイコンを使っている人は360人にものぼるのだけれど、そこには実は奇跡的なお話がある。それを紹介したい。
南暁子さんがアイコンを描くようになったのは、ごくささやかなきっかけからだった。2010年5月30日。Twitterがちょうど流行りはじめていたころのことだ。わたしはその日、Twitterでこう書いた。「これからはTwitterのアイコンの画像を名刺に描くといいんじゃないかな。そうすると相手が『あっ、RTしたことあります』と言ってくれるかもしれないし、これからはアイコンを描くイラストレーターの仕事も出てくるかもね」
これに反応してくれたのが、南さんだった。「Twitter始めました!初さえずり!」というツイートに続けて、こう書いてくれたのだ「まずは試しに、20名さま限定で無料でアイコンのイラストを描きます!」
すると一瞬のうちに20人が応募し、南さんは約束通りに全員のアイコンを描いて返信したのだった。それから彼女は、定期的に「アイコン募集」を行うようになる。
半年後、アイコンを描いてもらった人たちが100人になった。そこから奇跡がはじまった。
アイコンを描いてもらった人たちが数人で集まって食事をしたり、飲みに行ったりするようになり、ついに半年後にはほとんど初対面の人たち30数人があつまって、盛大なパーティーを開いたのだった。「第1回アイコンミーティング」というパーティーで、それからはこのコミュニティが通称アイコンミーティングという名前になった。
参加したわたしも驚いた。だって、単に南さんにアイコンを描いてもらったというただそれだけの関係だ。それが集まって仲良くなるなんて……しかしこのパーティーはまだはじまりにすぎなかった。そのあとの展開は、さらに予想を超えていた。
翌年の初夏には、北海道で第2回のアイコンミーティングを開いた。わざわざそれだけのために、20人近い人たちが飛行機に乗って札幌まで出かけ、北海道の夏を満喫して帰ってきた。さらに活動は活発になり、分科会のような活動も出てきた。ランニングを愛好している人たちが集まって「アイコンランニング部」を結成し、さまざまなレースに出てまさかの上位入賞。登山好きが「アイコンワンゲル部」を作って南アルプスや八ヶ岳に出かけ、いまもあちこちの山に毎月のように出かけている。さらには「アイコンバスケ部」「アイコンヨット部」「アイコン乗馬部」「アイコン料理部」……。
これはいったい何なんだろう。最初のミーティングのときに、わたしはこんなトークをしたのを思い出す。
「ぼくらは単に南さんのアイコンだけでつながっているだけで、そんなの関係と言えるかどうかと思う人もいるかもね。でもぼくは、人と人がどうつながるか、そこにどう共鳴が生まれて、共同体になっていくのかということは、いまとても大切なことだと思うんですよね。ひょっとしたら最初のきっかけなんてどうでもいいのかもしれない」
わたしの福井の友人に、田中さんという福井のメガネ屋さんがいる。
田中眼鏡本舗は、福井市のはずれの不便な場所にある。とても小さな店だ。でも田中さんの人柄が素晴らしく、メガネのセレクトが最高なので、日本中にたくさんファンがいて、東京からもたくさんお客さんがやってくる。
あるとき、田中さんのところに兵井さんというメガネのデザイナーがやってきた。「新しいデザインのメガネを作ったんだけど、田中さんのところで売ってくれないかな」
兵井さんの友人に、Yさんという顔が大きな人がいた。強度の近視なのでメガネのレンズがどうしてもぶ厚くなってしまい、それを大きな顔に合わせようとすると、フレームがものすごくごつくなってしまう。そこで兵井さんが考えて、見た目はまるで針金にレンズをはめただけのように見えるけれど、実はしなやかで強靭でそしてとても軽いデザインのメガネを完成させたのだった。でもあまりにも斬新で、メーカーは相手にしてくれない。そこで田中さんのところに持ち込んだ。
そのメガネは「コンセプトY」と名づけられて、田中眼鏡本舗発のヒット商品になった。たくさんは作っておらず、わずかな店でしか売っていない。斬新なデザインだから、ひと目見ればすぐにわかる。だから、たとえばどこかのパーティーでコンセプトYをかけていると、かけている人同士が「あ、田中さんですよね!」と一瞬のうちに理解しあえてしまう。
まわりのひとは「誰だよ田中さんって……」ときょとんとするだろう。田中さんを知っている者だけが、その物語を共有することができるのだ。強い人間関係は存在しない。ただ同じ店を知っていて、そこで薄くつながっているというだけ。でもそこには、同じ物語を共有しているという喜びがある。
だからTwitterのアイコンでも、わたしたちはつながることができる。南さんにアイコンを描いてもらったという、とてもささやかな物語が共有されている。
入り口は何でもかまわない。でも私たちはこの不安定な時代に、多くの人たちとのさまざまなつながりを求めて生きている。「アイコンを描いてもらった」「同じメガネを同じ店で買った」という小さなきっかけを入り口にして、そこで誰かとつながることができれば、それは私たちにとって、またひとつ安心できる他者との回路を増やすことになる。そういうことじゃないかと思う。