新しい終活のカタチ。「花結い×遺影」花結い師に迫る

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生花を髪に飾りつける「花結い」の技法で独創的なヘッドドレスを制作。人と花とを結ぶ世界でひとりの「花結い師」として海外のアートシーンでも活躍するTAKAYAさん。

ウエディングやファッションショーをはじめ、これまで“ハレの場”で活躍してきた彼が、この秋の個展のテーマに選んだのは、意外にも「遺影」。いつか来る人生の終わりに向け、生前に葬儀や遺言などの準備を行う「終活」が注目されるようになって久しいが、この「遺影×花結い」のコンセプトを通じてTAKAYAさんが見つめる、新しい「死」との向き合い方について聞きました。

遺影を撮ることは
「命の更新手続き」

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————「遺影」というテーマを選んだきっかけについて教えてください。

TAKAYA 「遺影」というと、どうしても縁起の悪いイメージで捉えられがちですが、僕が「花結いの遺影を撮ろう」という結論に行きついたのは、遺影を通じて「生」を見直すきっかけが生まれるのではないか、と考えたからなんです。

というのも、もともと僕自身、10代のころから「死ぬとはどういうことなんだろう」と、よく考えるタイプでした。今でもはっきりした理由は分からないのですが、なぜか「自分は40歳で死ぬのではないか」という思いがあって、死に対して漠然と恐怖を感じていたんです。

どんな人でも、死ぬことは避けられません。いつか来るその日のために、少しでも心を軽くして、ポジティブに「死」と向き合う準備はできないものか。そう考えたとき、遺影のアイデアが湧いてきました。

「死」にまつわることは暗く聞こえてしまいますが、実際は「命の更新手続き」のようなイメージです。たとえば、50歳になった節目に遺影を撮影し、60歳になったらまた新しい写真に撮り直す。そうしてその時どき「自分らしい姿を残そう」とこれまでの人生や、大切にしていることを少し立ち止まって考えることで、自分の生き方を見直すきっかけが生まれてくるのではないか、と。

————撮影は、一般の人たちを募集して行われたそうですね。

TAKAYA 20代から60代後半まで、50名の方たちを撮影しました。募集にあたり「死」についてどのような考えを持っているか、メッセージを添えていただくのが条件だったのですが、思っていたよりたくさんの応募があって驚きましたね。

応募者のなかには「花結いの写真を撮ってほしい」というのが動機の方もいらっしゃいましたが、今回は遺影をきっかけに死と向き合おうとしている方、というのを基準に、メッセージの文面を読んだうえで選ばせていただきました。

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————撮影はどのような手順で進めていったのでしょう?

TAKAYA 本人の好きな花は事前に聞いておきましたが、どのように花を結っていくかは現場に入って本人と向き合ってからその場で決めていきました。事前にあれこれデザインを決め込むよりも、本人の目の前に立ったときのインスピレーションを大切にしたほうが、花が自然と吸い付いていくような自然な仕上がりになるんです。

もともと僕の花結いは5分から10分ほどの短時間で完成させるもの。花結いと撮影まですべて含めて、かかった時間はひとり30分程度だったと思います。

————遺影を手がけてみた感想はいかがでしたか?

TAKAYA 死への向き合い方は本当に様々だな、と実感しましたね。今年になってガン告知を受け「遺影を撮ることで、再発や死への恐怖を前向きに変えよう」といらした方もいれば、純粋に「面白そうだから来た」という方も。

なかでも印象に残ったのは、「毎日死にたいと思っている」という20代の女性。嫌なことがあるからではなく、楽しいことがあっても死にたくなり、実際に死のうとしたことも何度かある、と。
遺影を撮る、と家族に話したら「もしかしたらまた死のうと考えているのか」と心配されたそうです。

実際はまったく逆で「死ぬ気持ちを持ったまま、ちゃんと生きようと思って遺影を撮ろうと決めた」と話してくれて。僕にはない感覚でしたが、それが彼女のリアルな現実で、生と死は決して遠いものではないんだ、と思わされましたね。

「死」と向き合うことは
自分の「今」と向き合うこと

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————普通の遺影と、花結い遺影はどう違うと思いますか?

TAKAYA 花には空間を変える力があるんですよ。たとえば結婚式のとき、花嫁さんの髪に花を一輪挿しただけで肌や表情が明るくなり、顔がパッと晴れて一段と華やかになるんです。それは遺影でも同じで、花を飾るとみなさん自然と笑顔になる。男性も花を飾る意外性を心から楽しんでくれ、全体的に笑顔の写真が多くなっていますね。

お葬式というのは本来、亡くなった人のために行うというだけでなく、残された人に故人が亡くなった証を表現する役割、気持ちの整理の意味もあると思うんです。だから遺影にどう映りたいか、という自分の目線だけにならないよう「お葬式に来てくれる人たちに、どんな顔を見てもらいたいですか」と聞いて撮るようにもしました。

————よくある「集合写真を引き伸ばされた遺影」とは、印象がまったく違う気がします。

TAKAYA 先にお話しした「死にたい」と思っていたという20代の女性は「死んでやった、という顔をしたい」と言っていましたね。僕としては笑顔がとても素敵だったので「笑った写真もいいのに」と思ったのですが、彼女は最終的にやはり「死んでやった」という表情の一枚を選びました。そういうプロセスもまた、その人の人生が表れるようで面白かったですね。

————50人の遺影を撮り終えて、TAKAYAさん自身の死の受け止め方は変わりましたか?

TAKAYA 人は本当に死んでしまうんだな、と実感したのが大きいですね。そのぶん「したいことをちゃんとして、人生を充実させないと」という思いが強くなり、毎日忙しくなってしまいました(笑)。「あれもしないと、これもしないと」と楽しく過ごしている自分がいますね。

かつて「死ぬかもしれない」と思っていた40歳の節目を超えた今になってみて、あの感覚は本当の死を意味していたのではなく、40歳を機に古い自分が死に、心新たに生まれ変わる、ということだったのかもしれない。そう思えるようになりました。

花結い遺影を撮ると長生きする
というジンクスになれば

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————ウエディングなどのイメージもある花結い。遺影は、大きな方向転換にも思えますが…?

TAKAYA 実際「ウエディングの仕事をしているのに、どうしてわざわざマイナスの活動をするんですか?」と言われたこともありますよ(笑)。でも、僕としては結婚式もお葬式も、人生と向き合うという意味では一緒のことだと思っています。

日本人はどこか、枠組みを決めたがるような性質があるのかもしれません。僕は「花結い師」=アーティスト、という認識で活動していますが、日本にいるとなぜか“フラワーアーティスト”と分類されます。しかし海外に行くと、ジャンルの枠にこだわらずファッションやアートの一環として評価してくれる。

今回の遺影も、縁起うんぬんを気にする意見があるのは重々承知していますが、アートの表現のひとつとして自由に捉えてもらえると嬉しいですね。

————たしかに死やお葬式にまつわることに、私たちはデリケートになりすぎているのかもしれません。

TAKAYA すべてが「普通」のことなんです。花がきれいなのも普通。人が生き、死ぬのも普通。

今回、遺影を撮影するにあたり「いろいろな人の死への思いをどう受け止めるのですか」と聞かれたりもしましたが、僕が言えるのは「思いは受け止めません」ということだけ。何の判断も差し挟まず、ただきれいな花の力を借りて遺影という作品を撮る。その時、各人が死と向き合い、生と向き合い、それぞれが何かを感じる。そうして生まれてきた作品にも「考えること」はいりません。ただ感じていただければ。

結婚式はおめでたいこと、お葬式はお悔やみごと。そういう分類はありますが、あまりそこに囚われすぎず、家族や友人と死についてもっと話してもいい。めでたくてもそうでなくても縁は縁ですから、遺影をきっかけに、人と人とのつながりや会話が生まれていってもいい。縁起のよしあしを超えて、「花結い遺影を撮ると長生きする」というジンクスになるくらいの作品を、これからも生み出していきたいですね。

コンテンツ提供元:QREATOR AGENT

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