ロシアで唯一の山頂に建つ「仏教寺院」が危ない
ロシアのウラル山脈に位置する小さな地方都市カチカナル。ここにロシアで唯一の山の上の仏教寺院が存在します。ところが、その寺院がいま存続の危機を迎えています。
こう聞くと、人材不足や宗教弾圧を想像してしまいますが、理由はまったくの別のところにありました。寺院が建つ山は、あるロシア財閥に属する企業が所有権を主張する土地だったから。
そこは、人里離れた山の奥
以下では、ニュージーランド人フォトジャーナリストのアモス・チャップル(RFE/RL)によるコラムを写真とともに紹介します。信仰と利益のはざまで、人々は何を求めてこの寺院へと足を運ぶのかに注目。そして、迫りくる解体の日…。
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もっとも近くの街からおよそ7kmの山道が、標高888mのカチカナル山頂に建つ僧院へと通じる道。修行僧たちはこうして犬ぞりに乗って、食料を調達するためときどき山を降りる。
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山道の終盤、サンスクリット語で書かれた石標が見えてきた。実践と悟りの場を意味する寺院「シェー・チュップ・リン」まで、あともう少し。だが、積雪量が多いこの時期、たどり着くまでに7時間近くかかることもあるという。
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雪の降るなか、修行僧たちがストゥーパ(仏塔)の前で祈りを捧げていた。木造の粗末な小屋を手づくりして始まったこの寺院も、今では仏殿、共同キッチン、就寝スペース、サウナまで付いた立派な施設へと成長した。
天命に従いこの地へ
僧侶となった退役軍人
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山の上の仏教コミュニティの筆頭が、旧ソビエト軍人から僧侶へ転身したミハエル・サンニコフだ。23年前、彼は数人の信者らとともに、この地に手づくりの寺院を開設した。
現在55歳になるミハエルは、アフガニスタン侵攻(1979年〜89年)で、激しく傷つけ合う戦闘を目の当たりにし、自身も2発の銃弾や、ナイフでの刺し傷、爆弾の破片で負った怪我を理由に1987年に退役。その後、数年間は戦闘の記憶が脳裏から離れることはなかったという。
「日常の何気ない瞬間にフラッシュバックするんだ。よくアクション映画を見ながら、何発の銃弾が放たれたかを無意識に数えてしまうこともある。夜だって眠れないこともね」。
退役後、ミハエルは仕事に就いたものの、なにか自分にしかできない「目的」を探し求めていた。そうして彼はロシアのブリアティア地方にたどり着き、そこで6年間、ただひたすら仏の教えと向き合ってきた。
当時仏教を学ぶには、ほとんど修行の地がロシア東部にかたまっていたため、そちらへと赴く必要があった。けれど、「それもおかしな話だ」とミハエル。彼が言うには、中央ロシアにも教えを請うべき僧侶はたくさんいる、ということらしい。そこで、自らの師匠に懇願したところ、指で山の輪郭を描いて示したそう。今にして思えば、「それが自らの使命が明らかになった瞬間だ」とミハエルは笑う。
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ただ、当時のミハエルが気付けなかった(気付きようがなかった)のは、風の吹き荒れる山頂のずっと地下に眠る、大量の金属鉱石の存在だった。
人里離れた寺院に集う
仏教コミュニティ
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現在、8名の男女が寝食をともにしている。短期間の来訪者もいるが、ミハエルは「いい人間」である限り、だれでもこの寺院で生活する資格がある、と。それでも、以下の規則だけは絶対に遵守しなければいけない。アルコールと薬物の持ち込み、下品な言葉づかいは厳禁。集団瞑想は毎朝7時〜8時まで。そして、1日5時間の労作だ。
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施設を温めるために蒔は欠かせない。それを集める27歳のボレスラフ・ヴァヴィロフ(写真中央)。マッサージ・セラピストとして麓の街で働く彼は、可能な時だけ休みをとって長期滞在にやってくる。
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「ロシアの教会はどこも商業化してしまったんです。多くの若者たちが、いま他宗教や他の精神的な道を探し求めているんだと思います」。
ヴァヴィロフはシェー・チュップ・リンに訪れる理由をこう述べた。
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寺院に暮らす3人の女性のひとり、ユリア・ガシバ(写真奥)、街ではホテルスタッフとしての顔をもつ。バックウィート(蕎麦)とパスタだけのシンプルな食事を準備したり、1日16時間を費やす寺院での暮らしの方が、自分には向いていると彼女は語る。
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ときに、施設にはこんな珍客も。滞在中、突然森の中から現れたこの犬は、昨日までもそうしてきたように敷地内で居眠りを始めました。以来、彼は犬ぞりチームに加わり小屋をあてがわれた。“いい犬”であることも、ここでの居場所を見つけるのに必要な要素のようだ。
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ストゥーパの前で祈りを捧げるユリア。
「ここには、普段の生活では得られない安らぎがあるの」。
だが、寺院の建つ場所は、
「金を生む」土地でもあった
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しかし、その安らぎも採掘場から聞こえる騒音によって、ときおりかき消されてしまうことがある。これはロシアの大手鉄鋼メーカー「エブラズ・グループ(Evraz)」が、寺院近くに所有するチタン鉄鉱採掘場のひとつ。
プーチン大統領とも密接なつながりを持つと噂される実業家、ロマン・アブラモヴィッチによって共同所有されるエブラズは、この地域だけで約6,000人を雇用している。そして、シェー・チュップ・リンが建つ山も鉄鉱脈を、じつは彼らの所有する土地なのだ。
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エブラズの溶鉱炉施設の1つで製造される鉄梁。同企業は、寺院の解体に関する私たち(RFE/RL)の取材に、メールで以下のような回答を示した。
「カチカナル山の建物はサブスティヴェノ・カチカナンアスキー鉱床の地表に位置しており、ロシア法では、鉱床が位置する土地への建造物の建設や、特に住居の建設は、安全上の理由から禁止されています。つまり本件は、公的機関が権力を行使できる範囲内にあるのです」。
存続の危機にある聖地
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2017年3月1日、公的機関が寺院に立ち入り、山の上の寺院を解体することが決定している。にもかかわらず、カチカナルの仏教徒たちは昨夏、6mもあるグラスファイバー製の仏像を建立してしまった。さらに大きな力に争うように、今も施設を拡大し続けている。ミハエルは、将来的にこの地に仏教系の学校を開設することが彼の描く未来だ。
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大半はロシア人だが、年に数千人は観光客が参拝に訪れるそうだ。私の滞在中も、20人前後の観光客が寺院に体験泊をしていた。
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到着する観光客のため、ボレスラフ・ヴァヴィロフが瞑想を行いながら、彼らの到着を待っている。仏教徒たちにとって、観光客の訪れは集中力を妨げるように思われるが、ここでは食料供給をはじめ収入源が重要、今となっては彼らがもたらす注目度がその一役を担っていると言えるのかもしれない。
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一方、エブラズ側は寺院移転に対する援助の用意がある旨を発表している。しかし、カチカナルの仏教徒とすれば、この山頂こそが神聖な場所だと主張。結局のところ、現在に至っても両者の溝は埋まらないまま。
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残留が許されるべきかどうか、世論は二分している。ミハエルは、自治体から二度の罰金命令や、寺院撤去の公的命令を無視し、寺院の存続を求める数千人分の署名入りの嘆願書を用意した。その中にはロシア音楽界のアイコン、ボリス・グレベンシコフの名前も。
しかし、「寺院そのものが将来の妨げになる」と懸念する地元カチカナルの声も無視できない。たとえば地元紙の編集長リュドミラ・ラプティヴァ氏が、我々にメッセージしてくれたように。
「この街は、もともと地下に眠る鉱物の採掘を目的に人々が集まってきたようなもの。もしエブラズが採掘計画を中止するならば、街そのものの存続が脅かされることにもなるのです」。