ディズニー流「育てる仕組み」が思った以上に本質的だった。
夢の国「ディズニーランド」。
訪れた人は、園内に入った瞬間パーッと笑顔になっていきます。でも、なぜそんなことが可能なのでしょうか? そこにはしっかりとした世界観作りと、キャストへの教育術があったのです。
これまで10万人のキャストを育てたという櫻井恵里子さん著『3日で変わるディズニー流の育て方』(サンクチュアリ出版)では、同園の人材育成術について触れていて、これらを参考にすれば、他の仕事にも役立てられると言います。さっそく、ディズニー流の「育てる仕組み」について見ていきましょう。
マニュアルは
暗記させなくていい
新人研修やスタッフ教育をする際、多くの企業では独自のマニュアルを作成し配布していると思います。私(著者)が人材教育に関するセミナーを行ってきた企業でも、細かいサービスマニュアルを作成しているところがいくつもあり、お辞儀の角度から笑顔の度合いまで、きちんと定められていました。
しかしディズニーのキャストには、マニュアルが存在しません。アトラクションの動きなどを記した手順書はありますが、これはサービスマニュアルとは異なります。ディズニーのキャストには「SCSE」(安全・礼儀・ショー・効率)といった行動基準と「ゲストにハピネスを提供する」という企業理念以外、ほぼ従うべき事柄は存在しないのです。
果たしてそのような状態で、組織がうまく動くのか…信じられない人もいるでしょう。ディズニーでは、マニュアルで行動を細かく規定するのではなく、フィロソフィー(哲学)を深く理解させ、それに沿った行動が自然にできるように導く、という手法をとっています。
マニュアルがないと、どんなメリットがあるのか? 大きく3つ挙げられます。
1.各人の裁量の幅が広がり、モチベーションに繋がる。
2.自ら考え判断して動く必要があるので、自主性が高まる。
3.規定外の出来事にも現場でうまく対処できる柔軟性が生まれる。
あなたが人を育てる際は、ただサービスマニュアルを暗記させるのではなく、まずはディズニー流に「スタッフとしてこうあってほしい」という理念と、大切にすべき「行動基準」をしっかり伝え、その上で判断を任せてみてはいかがでしょうか?
メンバーが担うべき
本来の「役割」を伝える
新人教育の手法としてお馴染みなのが、実際の仕事を通じてトレーニングを行うOJT(オン・ザ・ジョブトレーニング)です。あらゆる業種において、現場に出て初めて分かることは多く、OJTは極めて有意義であると言えます。あなたの職場でも、先輩が新人について教育するという仕組みがあるでしょう。
ただ、OJTがなかなか思うように機能せず、あまり成果を上げていない企業も多くあります。なぜ失敗してしまうのか…。そのもっとも大きな理由は、業務手順ばかりを詰め込み、メンバーとして求められている本質的な「役割」を理解させずに済ませてしまうからだと推測されます。
ディズニーの教育では、キャストに本来の役割を理解してもらうため、努力と工夫を惜しみません。私が新入社員の頃に受けたOJTで忘れられない思い出があります。それは開園時に「パートナーズ像の前に15分間立っている」というものです。先輩はそこで何もしゃべらず、ただゲストがこれから来園するであろう入場ゲートの方角を見つめるだけ…。朝8時。ゲートが開くと、早速ゲストがこちらに向かって足早に歩いてきました。パートナーズ像は来園されたゲストが必ず通る場所。たくさんのゲストが私たちの前を通り過ぎましたが、ひとり残らず全員笑顔だったのが印象的でした。
15分経った頃、先輩が「何を感じましたか?」と質問してきました。私は迷わず「この笑顔に応えたいと思いました」と言いました。するとトレーナーは「それがあなたの仕事です」と微笑んでくれたのです。
百聞は一見に如かず。会議室で1時間「お客様は大切です」と力説するのと、OJTでお客様のわくわくした顔を15分見せるのと、どちらがその後の新人の行動を変えるかは言うまでもありません。
OJTを実施するなら、お客様の喜びや感動に接し得る体験を組み込んでみてはいかがでしょうか。
「採用」から人材育成は
始まっていると考える
もしあなたが採用を任せられたとしたら、それは職場を良くするチャンスです。店舗やチームといった比較的小規模であれば、採用も育成もリーダー自ら担当するケースが多いと思います。本当に必要な人材をピンポイントに選出し、うまく育てることができるので、人材育成というのは採用の段階から始まっていると言えます。
人事部にいた頃、採用を担当したことがありました。ディズニーでは、大企業には珍しく、採用と育成が縦割りになっていません。私も採用に関する企画、調査、その後の育成プランの立案まで、幅広く行うことを求められました。
そうした経験から分かったのは、ディズニーでは「現場でどういう人がほしいか」というのをもっとも重視するということです。現場でインタビューを重ね、どういう人材を欲しているのかを聞いて、みんなで議論します。すなわち、人事部だけで完結せず、複眼的な視点で採用が行われているのです。
冒頭に、採用を担当するなら職場を良くするチャンスと言いましたが、じつはこの「現場との議論」こそが、職場を変えるきっかけになります。
現場の声を拾う中で、現場に置かれている問題点が浮き彫りになり、様々なことが見えてくると思います。それはすなわち、職場の現状を改めて俯瞰していく作業に他ならず、改善すれば職場が良くなるというわけです。
ただし、採用の本番は面接。こちらにも力を入れなければなりません。私が意識していたのは「ホスピタリティー力のある人を獲得する」ということでした。これはあらゆる仕事に通じることだと思います。おもてなし力を見抜くためには、質問を工夫する必要があります。「家族を喜ばせた経験はありますか?」など、身近なところでいかにホスピタリティーが発揮できているかを聞くことです。
また、会話だけでなく行動にもおもてなしの心を持っているかが現れます。帰り際に、椅子を引いたまま戻さなかったり、ドアを開けっ放しにする人には、残念ながらホスピタリティーを期待できません。
こうした目配りも、選出するポイントと言えるでしょう。